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「今日からお兄ちゃんになるのよ」 あの日、無くした思いが 今になって涙を流してる。 ARCANA―アルカナ― ぱちりと目が覚めて、天井が見えた。 それは船の中らしくシルバーで無機質で。 やっと現実に戻ってきたのだと思い知らされた。  昔の夢を見た。 それも随分昔の・・。神楽が生まれた時の夢だった。 その小さな赤子は目を瞑って、しわしわで肌は少し赤い。 温かな布に包まれ、母さんの腕に抱かれてる。 ベッドで横になる母さんの傍らには、あの男が幸せそうに微笑んでいた。 『神威、触ってみて』 母さんはそう言う。 俺は恐る恐るその赤子の掌に人差し指を入れた。 そうすればきゅうと小さな掌が俺の指を握った。 『母さん、こいつ、俺の指を握ってるよ』 『神威、【こいつ】じゃないよ。【神楽】だ』 『かぐら?』 『ああ、お前の妹だ』 あの男が楽しそうに言う。 俺は初めてみた妹というものに興味を持っていた。 『神威、今日から神楽のお兄ちゃんになるのよ』 『おにいちゃん?』 『そう、いっぱい優しくして、神楽を守ってあげてね』 『母さんがそういうなら、俺はそうするよ』 『有難う、神威』 その白いベッドがある部屋は陽の光が差し込み、暖かかった。 俺が最後に見た幸せな瞬間だった気がする。   随分懐かしい思い出だった。何故今更と思って気づいた。 そういえば先日吉原で神楽と会ったのだと。 久しぶりに会った妹はあの頃よりずっと大きくなっていたが、 その甘ったれた精神は変わってはいなかった。 それが少しだけ癇に障った。  髪を結ぶ手つきは慣れたもの。 そういえば三編みを教えてくれたのは母さんだった。 初めて上手くいった時はとても嬉しかったのを覚えてる。 髪が伸びた神楽にもよくしてやった。喜んだ笑顔を覚えている。  顔を洗い、歯を磨き終わると阿伏兎が部屋に来た。 「おはよ」 「おはようございます、団長。今日は寝坊してなくて何よりだ」 「仕事、あったでしょ?」 「ああ。飯食ったら降りるぞ」 「うん。ご飯行こう?」 ポケットに財布と携帯を入れて部屋を出る。  船の食堂で軽く朝食を食べて、町に出た。 今日、降り立った街はレンガ畳が美しい街だった。 俺が生まれたあの雨とドブの街とは違って、美しい花々が咲いている街。  この街での仕事は至って簡単だった。 逃げ出した春雨幹部の始末。潜伏先も分かっていた。  二人でぶらぶら男の家まで歩く。レンガがカツカツ音を立てる。 空はぐずりだし、もうすぐ雨が降りそうだった。 「団長」 突然話しかけられて、ふと顔を上げた。 「何?阿伏兎」 「・・どうした?」 「何が?」 「いや、今日は大人しいと思って」 「そう?」 「・・・違うならいいが」 そして、沈黙。世界は俺達の横を通りすぎていく。  暫く歩いて、目標の家に近づいた時だった。 通りの両脇には店が並んでいる。ブティックや、レストラン・・・。 だが、俺の目についたのは、一軒のケーキ屋だった。 中がカフェになっている御洒落なケーキ屋。 ふと入ってみたくなって、扉を開けた。 「オイ!」 「ちょっとだけだよ」 溜息をついた阿伏兎を余所に俺は入る。 暫くすると阿伏兎もついてきた。