ああ、溢れてしまいそう この感情が。 秘蜜 チャイムの音と同時に俺はチョークを置いた。 「今日はここまで。次週の小テストの勉強しておけよ」 授業終了と同時に沸き立つ生徒を尻目に 俺はちゃきちゃきとパソコンやらを片づけ、教室を出た。 リノリウムのように白い廊下を歩く。 こつこつを皮靴を鳴らして。 今日の授業はこれで終わりだ。 溜息をつきながら、自分の研究室の扉を開けた。 「あ、先生。おかえりなさーい」 研究室にはただ一人、うちの研究室の院生がいた。 あらかた他の生徒は授業だろう。 うちの研究室のただ一人の院生生徒の神威は、 ちらりとこちらを見て笑うと、また顕微鏡を覗きこんだ。 そして、顔をあげると伸びを一つした。 「一段落したし俺も休憩しよーっと。先生、コーヒーはそのままで?」 「おう」 神威は立ち上がって、一つ伸びをすると、インスタントコーヒーを淹れた。 一つはそのままで、一つは砂糖とミルクをたっぷり入れたカフェオレだ。 何も入れていないコーヒーの入ったカップを俺に差し出した。 俺はそれを受け取り、自分のイスに座る。 神威は、パソコンデスクの前の回転イスを引っ張ってきて、それに座った。 俺は携帯を取り出して、それを見る。 その先には神威がぼーっとしながらカフェオレを飲んでいるのが見えた。 この、神威と言う男は、アメリカからの留学生だ。 今年の春、俺の研究室にやってきた。 今は十月だからもう半年になるのか・・。歳は二十一。 アメリカの大学を飛び級で卒業して、留学してきたので、通常の大学生と年は変わらない。 実際、ほやほやした顔をしているが頭もかなりいい。 それどころか、顔も整っていて、女子生徒には人気がある。 実際、なんで華々しい実績があるわけでもない俺の研究室にきたのかも謎だ。 「ん?先生、何ですか?」 「え、あ、いや・・何でもねぇけど」 慌てて俺は視線を携帯に戻した。すると、ちょうど一件メールを受信した。 開けば、大学時代の後輩の銀時だった。 久しぶりに飲まないかという誘いだった。 今日は特に予定もないし、久し振りに会うのもいいだろうと思い、その旨を返信した。 (中略) 「マジでアイツに惚れてんだな」 俺はその言葉を馬鹿にするように言った。 「だから俺は女にしか興味ねぇって・・」 「だったら、なんでさっきあんなに必死になってたんだ」 札が一枚指先から落ちた。それを拾おうとしゃがむ。 「アンタ、本当はうすうす感づいてんじゃねぇの」 「・・そんなんじゃねぇよ」 「じゃあ、なんだよ」 「・・俺はアイツが可愛いんだよ。親が子供を見るような感情だ。 そういう愛情じゃねぇよ。性格だって悪かねぇ。 研究だって真面目にする。ああ見えて素直なやつだ。 俺にだって懐いてる。だから、俺は」 「アイツの目」 拾った諭吉をテーブルに置いた。その腕を銀時に掴まれた。 「アイツが、アンタを見る目。アンタ気づいてんじゃねぇのかよ」 その腕を振り解いて、店の外へ出た。 もしあの金で足りなかったら、次回来た時に不足分を払えばいい。 どうして、言い返せなかったのか、わからなかった。 気づいてる?何に・・? どこかで知っている気がするが、その感情を示す言葉が見つからない。