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 夜の池袋。

繁華街から少し離れた道路。

横断歩道の向こう側に目立つ大きな人影が一つ。

緩やかな煙と煙草の明かりが見える。

金髪のバーテンダー姿の男が一人。

その姿を遮るのは道路を走る車。


 俺は携帯を取り出して、電話をかける。

道路を走る車達のスキマから、金髪の男が携帯を取るのが見えた。



『はい』

「もしもし」

『テメェ、その声臨也か!

 なんで俺の携帯の番号知ってんだよ!!』




電話越しじゃなくても、横断歩道の向こう側から声が聞こえる。

車の量が多いせいか。横断歩道の向こう側の俺には気づいていない。




「ねぇ、シズちゃん」



電話の向こう側で、シズちゃんがキャンキャン言ってる。




「シズちゃん、ラブッ!」

『・・・は?』





捲し立てるように続ける。




「俺はシズちゃんが好きだ、愛してる!」

『て、めっ、気色悪ィこと言ってんじゃねぇよ!!

 嘘でも吐き気がする!』

「あ、バレた?その分じゃ今日はもういっぱい嘘吐かれたんだ?」

『エイプリルフールって言われるまで気づかなかったけどな・・。

トムさんに仕事辞めるって言われた時は泣きそうに・・って』

「え、シズちゃん、泣きそうになったの!!かっわいい!!」

『うぜえええ!!!テメェ用件ないなら切るぞ!!』

「あるよー、用件。シズちゃんが喜びそうなこと」

『あ?』

「前、見て」





 横断歩道の向こう側のシズちゃんがこっちを向いた。

殺気が伝わってきた。





「臨也、テメェ、何池袋に居んだ!!!」




今にも襲いかかってきそうだが、ここは夜とはいえ交通量の多い道路で、赤信号。

シズちゃんの声はもはや電話越しじゃなくてもよく聞こえる。

俺はヒラヒラと手を上げた。

シズちゃんは拳を握った。






「シズちゃん」

『テメェ、動くんじゃねぇぞ。青になったら、即ぶん殴ってやる』

「酷いなぁ、俺女の子なのに」

『テメェ、くだらない嘘ついてんじゃねぇ!

 っていうか気持ち悪ィこと言ってんじゃねぇ』

「もう、こないよ」

『あ?聞こえね・・』







「もう、池袋には、来ない。よかったね、シズちゃん」


『・・・臨也・・?』






「シズちゃん、俺、情報屋やめるんだ」

『・・オイ、嘘にしちゃ・・』









「結婚、するんだ」

『・・・・・・』








黙り込んだシズちゃんに爆笑した。





「何マジになってんの?嘘に決まってるじゃん!」

『ああああああああ!!!テメェ、ぶっ殺す!!!』

「ちょっと、本気っぽく言っただけで引っ掛かるなんてシズちゃん単純すぎー。

 じゃあね!」

『ちょ、テメ、オイ!!』





信号が赤になる前に走りだした。

ちょうど大きなトラックが俺達の間を通って、その後に青になった。

シズちゃんは暫く追ってきていたみたいだったが、上手く撒くことができた。





夜の西口公園の噴水前で立ちすくむ。

良かった、上手く撒けて。

じゃなかったら・・、きっとこの涙に濡れた頬を見られてしまってた。





「ほんと、バカだね、シズちゃん」





自嘲が唇から零れる。



「本当に嘘なら、嘘って言わないよ」



「『嘘』って言ったこと自体が、嘘なのに」







 握っていた携帯電話を、パキリと折った。


そして、そのまま噴水の中に投げ入れた。






「さよなら、シズちゃん」






「愛して、た」







狼少年は嘘をつき過ぎて、信じて貰えなかった。

何一つ。

気持ち悪い、その言葉が心で渦巻いていた。

真実を言うことなんて、今更できやしないのに。

(言っても信じて貰えないから)









確かにこれは恋だったと、心で呟いた。

寒さが残る四月一日のことだった。

















(中略)



(来神時代)











 ある日の事だった。

いつも通り二人は殺し合いの喧嘩をして、

最終的にその舞台は屋上になっていた。

気づいたら放課後になり、夕焼け空には烏が鳴いていた。

お互い一歩も引かない展開だったが、それでも互角だった。

だが、不意に臨也が体勢を崩した。

倒れた臨也に静雄が彼に馬乗りになって殴りかかろうろした。

その体勢で、彼が腕を振り上げた瞬間、臨也に堪えがたいほどの吐き気がせり上がってきた。



脳内では、警鐘がなってた。

夕焼け、体育倉庫、マットの匂い、組み敷く男。

彼は自分を犯そうとしているわけではないと頭では分かっているのに、身体が震えた。



「・・臨也?」



ぴくりと止まった腕で怪訝そうに彼が見下ろしていた。

気づいたら息ができなくなっていた。

苦しい苦しい苦しい。

過呼吸だった。



「オイ、臨也!?」



さすがに静雄も焦ったのか、彼から退いた。

それと同時に臨也はそこからフラフラと立ち上がり、

吐き気を抑えながら、息を整えようとしていた。




「・・新羅呼ぶか?大丈夫か」



静雄が近づけば、臨也は腕を振り払い、屋上から出て行った。

臨也は泣きそうな顔で必死に走った。




 その夜、臨也は気づいてしまった。

彼が平和島静雄を嫌悪する理由を。

彼は『男』なのだ。

臨也が知る中で最も強く男らしい『男』なのだ。





 彼は怖かった。

また同じ目に会うのではないかと怖かった。

新羅には強がったが、本当は怖くて堪らなかった。

でも、新羅にすら弱さを見せるのが怖かった。

自分が誰かのおもちゃになるのが怖かった。






 彼はあの男達と違うことはわかっていた。

でもその力は『男』の力なのだ。

組み敷かれた時に、腕に込められた力は間違いなく、男の力だったのだ。

それに気付いた。






 翌日、臨也は学校に登校した。

だが、静雄に会いたくないためにずっと屋上で眠っていた。

そこに静雄がサボリにやってきた。




「シズちゃん、俺がサボってるんだからここには来るなよー」

「うるせぇ、ノミ蟲」


静雄は少し驚いたような顔をして、臨也の隣に座った。今度は臨也が驚いた。



「・・何。シズちゃんがキレないで俺の隣に座るなんて珍しい」

「・・テメェこそ」

「あ?」

「・・・俺が怖いんじゃねぇのか」

「・・・へ?」

「・・昨日、突然・・・変になったじゃねぇか」

「ああ・・・・あれか」



 臨也は真実を彼に話すつもりは毛頭なかった。

彼に今更女扱いされるのも気持ち悪かったし、自分でも言いたくもない過去だった。




「俺がシズちゃんにビビるわけないだろ」



それは本心だった。



「なんていうか、昨日変になったのはさ、

昔色々あって、その事思い出しただけだよ。

俺は今この瞬間だってシズちゃんのこと怖いなんて思ってないし。

今まで通りに殺し合いしようよ、シズちゃん」




 事実、臨也はそう思っていた。

確かに静雄の『男の力』を確認してしまった時は一瞬脅えたが、

彼が振るうのは暴力であって、

臨也が嘗て受けたような精神的なダメージを与えることを彼はしないとわかっていた。



「お前って、変だよな」

「ん?」

「普通、これだけ殴られたりしたらよぉ、ビビるだろ」

「まぁね」

「・・なんで、俺が怖くねぇんだよ」




 そう言われて臨也は気づいた。確かにそうだ。

何故この男を自分は怖いと感じないのだろうか。

暴力的で・・・昨日だって、その力を見せつけられたのに。

暫く考えて思い至る。





「だって、シズちゃんは自分から人を傷つけるようなことはしないし。

もし傷つけたと思ったら、謝るだろ。

悔しいけど、人間として大切なものわかってるってことだろ。

そこは俺も認めてるよ。

まぁ、短気なとこは直すべきだけどさ」

「・・・臨也」

「あー、勘違いしないでね。

 認めてはいるけど、好きじゃないから。大っ嫌いだから」

「ああ?・・んだ、テメェ・・・ったく」





 次の日から、また二人の戦争は始まった。

でも、同じくらい距離も近づいていた。

たまには新羅や門田を含めて昼食を四人で取る事だってあった。

でも、二人は『相変わらず』だった。
























(中略)



























 そう、これは、皮肉のつもりだった。

少なくとも俺は臨也の事が大嫌いだし、コイツの嘘なんて慣れてる。

だけど、この嘘を吐かれ続けたことに対してはなんだか納得がいかなかった。

全てうやむやにして誤魔化してどこかに消えようとしたことも。

だから、最後に俺も皮肉で誤魔化してやろうと思って、言った。





「臨美」





 臨也の・・いや、臨美の肩が震えた。









「結婚、おめでとう」





「幸せに、なれよ」










 多分その瞬間、振り返ったアイツの顔を俺は一生忘れない。





 目を真っ赤にして、大粒の涙を流しながらアイツは俺に近寄ってきた。







パシン






臨也は今まで一度も見せたことのない切なそうな泣き顔で、

いつものナイフを出すわけでもなく、俺の頬を打った。

今まで臨也にされたどの攻撃よりも、痛かった。





「・・ど、して・・ッ」




「なんで、わかんないのさ・・・ッ」












「シズちゃんにだけは、その言葉、言われたくなかったのにッ!!!!」












そのまま俺を打った掌で臨也は自分の顔を覆った。

嗚咽が零れていた。

俺は困惑した。

だが、どうしていいかも良く分からなかった。

臨也の震える肩に伸びる手を見る。

だが、ここでコイツの肩を抱きしめたりなんかしたら、それこそおかしい。

俺とコイツは、そんな関係じゃない。








宙を彷徨う手をどうしようか考えていたら、思い切り胸板を押された。


「帰って!帰ってってば!!」


手をどうするかについて考えていた俺は、突然思い切り押されたため、よろめいた。

そして、咄嗟に臨也の手首を掴んでいた。


「え」



 次の瞬間には背中がフローリングに突撃して激痛を感じていた。

自分の上にある重さに、『どうやらコイツは大丈夫みたいだな』と、

どこかで安堵した。



「・・オイ」

「・・さ・・いあく、だ」



臨也は俺のベストをぎゅっと握りしめて、顔を埋めていた。



「シズちゃんに、俺の泣き顔見られるなんて、最悪だ。

シズちゃんなんか、大っ嫌いだ。大っ嫌いなんだよッ・・」



ぐずぐずと鼻を啜りながら悪態をつくその姿からは、あの情報屋『折原臨也』の面影は見えない。

ただの一人の女だった。

そんなヤツに『退けよ』なんて言えなかった。

俺の胸元に広がる黒く長い髪から甘い匂いがした。





臨也はやがて手を離し、俺の上から降りて、フローリングに座った。



「さっさと、帰れ」



泣き顔を腕で覆って、隠している。

けれども、真っ赤な瞳がいつも以上に赤く潤んでいるのが垣間見えた。

いくつも滴が零れて、頬を伝い、唇を潤し、顎からぽたりと落ちていった。




 無性に震える身体を抱きしめたいと思う自分がいた。

でも、その感情は抱いた事がないものでよくわからなかった。

それに、この女にはもう心に決めた人がいるのだ。

俺が・・馬鹿なことをしない方がいい。

俺は立ち上がって、部屋を出た。






 何故か分からないが、そのままドアにもたれかかって、煙草に火をつけた。

この感情の意味を誰か教えて欲しかった。