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指先から愛 唇から恋  そっと指先を伸ばした。 爪先が小ぶりの花に触れる。 まだ冬が明ける前、だがそれは確実に春の訪れを告げている。 自分と同じ名を持つその木はいつから毎年この花を咲かすようになったのだろうか。 芳しい香りを添えて。そう思い昔のことを思いだせば、優しい声が耳の奥を震わせた。 『君が副隊長になった記念だよ』 あの人は笑いながらこれを埋めた。あたしも一緒に手伝った。 まだ蕾を付けない、枝ばかりだったころのこの木を埋めた。 やがて、あの人と二人で毎年この花を眺めるのが、この季節の恒例行事だったのだが・・・。 あの夏、あたしの幸せな世界はあっけなく幕を下ろしたのを覚えている。 一方通行の信頼、裏切りと絶望、嘘・嘘・嘘。 あたしは世界が崩れる音を聞いた。 それはあたしが初めて味わった絶望の味だった。 流した涙は気づけば枯れ果てて、声を上げることすら億劫で、 虚脱した精神に意識だけが浮遊していた。 空っぽの自分・・・胸の傷は癒えてもそこから心が抜き取られたようだった。 あの人に縛られて、あたしは生きていくのだと。心のどこかでそう思っていた。 でも・・・でも、あの日。彼が現世から帰ってきたあの日。 彼はあたしを抱き締めた。 あの人を助けてと、嘆く私に「それはできない」そう言った。 「あいつはお前を傷つけたから」 彼はそう言った、静かに涙を零して。  あたしは胸が痛かった。酷く、酷く痛かった。 唇からは唯ひたすら嗚咽が零れた。 でも、彼の不器用な優しさが愛おしくて愛おしくて。  あたしは願を掛けた。 彼が十刃との戦闘のためにレプリカの空座町へ向かう前日。 願を掛ける、そういう名目で彼に口付けた。 彼が無事帰ってきたら、彼を愛そうと決めた。(その時は既に愛してしまっていたのだけれど。)  彼は重症を負ったが無事に帰ってきた。 多くの苦しみと悲しみを残して、あたしたちはあの人を倒した。 あの日から百年の月日が流れた。  あたしは卍解を会得して、五番隊を纏める隊長となった。 色々苦労もあるけれど、傷はまだ完全に癒えたわけじゃないけれど。きっとあたしは幸せなのだろう。  指先が小ぶりの花を撫ぜる。枝垂れ桃の花。 こんなに綺麗に咲いたから・・いろいろ思いだしちゃった。 一人で苦笑気味に微笑んだ。  その時、ふと髪に何かが触れた。 そう、それが頭上から。不思議に思って上を向けば。 「花弁ついてるぞ」 「日番谷君・・」 「ほら、動くな」 「うん」 指先が桃の花弁を掴んでいくのが見えた。 「とれたぞ」 「有難う」 振り返ると呆れたようにあたしを見下ろす碧緑の視線。 慣れないな、そう思う。  ここ百年で彼の身長はずっと伸びて、気づいたらあたしよりもずっと大きくなっていた。 隊長になりたかったのは、隊を纏めることが主な理由だったが・・・ 日番谷君に追いつきたいというのもあった。 霊力は彼の方が強い・・・そんなこと分かってる。 でも・・少しだけ、怖かったのだ。 置いていかれるんじゃないか、どこかでそんな声が聞こえて。 「おい」 「へ・・?」 「何ボケーとしてんだ」 おでこをピンと指で突かれる。あたしは眉を顰(ひそ)めて怒る。 「もう、日番谷君!」 「日番谷隊長、だろ」 「煩いっ!もう・・・」 あたしは怒った素振りを見せつつ、縁側に腰かけた。 彼はあたしについてきて、隣に座った。 「あ・・そう言えば・・どうして、ここに?」 「おう。五番隊からのまわってきた書類なんだが・・」 「え・・?あの書類、何か不備があった?」 あたしが不安気に問えば、彼は首を振った。 「いや、不備じゃないんだが・・ここが・・」 彼が差し出した書類を覗きこむ。そして、後悔した。  書類のせいじゃない。体勢のせいだ。 体が密着している。気づいた瞬間に胸が高鳴った。顔が上気する。 彼の低めの声が左から右へ流れてく。    願賭けという名目で口付けたあの日、 彼は帰ってきて何を願ったのかと問うたが、あたしは結局彼に言えなかった。 あれ以来、あたしたちは何もなかったかのように過ごしている。 彼はあの行為をもしかしたらあたしの冗談 (そうでなくてもあの口付けは親愛の類のもの) と思っているかもしれない。 でも・・違う。 あたしは違う。 あれ以来、あたしが彼に向ける視線は親愛ではない。 愛しい男(ひと)を見る目だ。 でも・・・あたしは・・・彼に告げることができない、この想いを。 恒常の破壊が恐ろしい。 彼とあたしの境界線を飛び越えてしまうのが恐ろしい。 だって拒絶されてしまうかもしれないじゃない。