(貴族パラレル。367は幼馴染) 君にいつか聞いたことがずっと頭から離れない。 「ねぇ、どうして私にだけ笑ってくれないんだ?」 君はあの日なんて言ったのか 今の俺は覚えていない。 captive 幼馴染がいた。 一人はスザク。彼は輸入会社の社長を父に持つ大貴族の長男。 もう一人はアーニャ。中流貴族の一人娘。 俺は大貴族の四男坊。 よく三人で遊んだ。 日差しが差し込むテラスで。 月日は流れた。 俺は17に、スザクは18に、アーニャは15になった。 俺もスザクもそろそろ家の仕事を手伝い 社交界に足を踏み入れようとしていた時だった。 アーニャの家・・アールストレイム家が没落した。 父親が事業に失敗した。 多額の借金を抱えて、彼女の両親は首を吊った。 俺はその時は目の前の仕事などに必死で 暫く会わなくなっていた幼馴染を心配したが なんとかしてあげたい・・とまでは考えてなかった。 彼女は親戚をたらいまわしにされて、 最終的にどこにいるかわからなくなってしまっていた。 そんなある日のことだった。 知り合いのルキアーノという男に連れられて 夜の街に出た。 ネオンの下で男を誘う売春婦。 酒の瓶が転がる路地裏。 闇が浮き彫りになる世界で彼は一件の店に俺を入れた。 そこはたくさんの男たちがいた。 競りの会場のようだった。 暫くして、売り物がわかった。 若い女だった。 世間では罪になる人身売買が平然と行われていた。 若い女が次々と悲鳴と嗚咽をあげながら 売られていく。 下品な笑みを浮かべた男たちに。 異様な空間に思わず外の空気を吸うために 店を出ようとした時だった。 「さぁ、次が本日のメインだよ!  十五歳の女の子だ。まだ綺麗なままだよ!」 司会の言葉でふと振り返れば 舞台の上には桃色の髪の少女が縛られていた。 ぼろきれのような服を着せられて。 アーニャだった。 彼女は今までの女のように嗚咽をするわけでも 悲鳴をあげるわけでもなく ただただ無表情で椅子に縛られていた。 まるで感情を無くしてしまったかのように。 気づけば競りが始まっていた。 舐めまわすような男の汚い視線が 彼女の細い腰やら、少しだけ膨らんだ胸を見つめる。 何故か苛々した。無性に苛々した。 破格の値段がつき、 「さぁ、落札しますよ!もうありませんね!?」 ふと彼女を見れば、やはり静かに座っていた。 ・・・否、違った。 少しだけ・・ほんの少し 震えているようにみえた。 気づけばこう叫んでいた。 「その五倍出す」 辺りが静まりかえって視線が俺を貫いた。 彼女は俺に気づいたのか、一瞬目を見開いた。 複雑そうな表情を浮かべながら。 契約書と小切手にサインをすれば、 ぼろきれではなく、蒼いワンピースを着せられた アーニャが出てきた。 車の助手席に乗せた。 「久し振り」 「・・・うん」 「大変・・・だったんだな」 「・・・うん」 沈黙が響いた後だった。 「・・・助けてくれて・・有難う。  お金は・・働いて返す・・。  好きなところで下ろしてくれていい・・・」 その言葉を聞いた時、感じたことのない感情が渦巻いた。 ねぇどうして笑ってくれないの どうしてどうしてどうして 笑ってくれないの 君はどうしてあの子達みたいに笑ってくれないの 笑ってくれないんだったら 君のその何も悟ったような顔を ぐちゃぐちゃにしてやりたい 君が誰にも見せない表情を 俺が君に与えてやる 「何、言ってるんだよ。アーニャ」 「・・・ジノ?」 助手席の彼女の手首を痛いくらい掴んだ。 「・・・お前は俺の人形だろ?」 「それに」 「・・ジノじゃなくて『御主人様』だ」 目を見開いた彼女の唇が少し震えた。 やがて彼女は全てを悟ったのか頭を垂れた。 彼女にたくさんの事をやらせた。 最初は細い白い首に鈴のついたリボンを巻いた。 俺の所有物だと象徴するように。 リボンが嫌だと言えば、首を少し締めてやった。 風呂は勿論一緒に入ることを強要した。 恥ずかしいのか脱ぐのを嫌がれば、 少し小さな頬を叩いた。 少し腫れた頬を浴槽で撫でてやり 腫れを引かせるようにした。 でも、決して関係を持とうとはしなかった。 それは嫌だった。奴隷として彼女を抱くのは嫌だった。 否、そんなこと考えもつかなかったのだと思う。 ベッドも同じだった。 ぎゅうと抱きしめて寝るのが日課になった。 でもそれ以外は強要はしなかった。 欲しいものがあったら買ってやったし。 毎日一緒に温かいご飯を食べた。 たまに二人で出かけることもあった。 でも彼女は笑ってくれなかった。 昔、彼女に聞いたことがあった。 俺の周りにはたくさんの女の子がいた。 皆俺と話して笑ってくれる。 でもアーニャだけは笑ってくれなかった。 どうして笑ってくれないのか。 そう問えば彼女は答えた。 「・・私はジノの周りの女の子の一人にはなりたくない。  だから、笑わない」 俺はその意味がわからなかった。 今でも今でも。 ある日俺の家でパーティがあった。 アーニャには部屋から出ないように言っていた。 ふとバルコニーを見れば、スザクが誰かと話していた。 アーニャだった。 言いようのない怒りがこみ上げた。 俺の所有物に手を出された気がした。 いや、スザクよりも言いつけを守らなかったアーニャに怒りを感じた。 俺なんかよりもずっとスザクに会いたかったに違いない。 彼女はスザクには笑うのだろうか。 嫉妬の闇がぐらぐらと煮えていた。 そっと物陰から二人の会話を聞いた。 「・・・ジノに買われた・・だって!?  嘘だろ・・・じゃあ君は今ジノの奴隷みたいなものってこと・・・?」 「・・・・・」 「アーニャ。おかしいよ!一刻も早くここから逃げた方がいいよ!  ジノがそんな人だなんて・・・!」 「・・別に何もされてない。ご飯ももらえてるし、服も与えて貰えてる」 「・・・でも・・・その・・・・身体とか・・・」 「・・・そういうこと・・何もされてない・・」 「え・・・そうなの・・・?」 「うん・・・」 「・・・そっか・・・安心・・した・・」 「・・時々・・・ちょっと暴力ふるわれたけど・・」 「そっちの方が問題だって!アーニャ!僕の家においでよ!  恋人のユフィだって君の話をしたら納得して家に置いてくれるよ!」 勝手な事をいうスザクに怒りが込み上げる。 でもどこかで恐怖した。 アーニャがもし頷いたらどうしようと。 否、頷くに決まっている。 スザクといけば・・もっともっと自由な生活になれるだろう。 俺になんて縛られずに。 彼女が頷くことを確信し、視線を逸らした時だった。 「・・・行かない」 意外な返答に驚いてアーニャを見た。 「・・気にしなくていいんだよ?」 「・・違う。私は・・・・・」 「・・ジノが・・求めてくれるなら・・  傍に居て・・迷惑にならない時まで・・・    寂しくならないように・・傍にいてあげたい・・・。  本当は・・・すごく寂しがり屋だから・・・」 その言葉にやっと気づいた。 俺は彼女を縛ってはいなかった。 なぜなら本当に逃げたかったなら いくらでも逃げる時間はあった。 彼女が本気で嫌ならスザクの家だって駆けこめただろう。 アーニャは・・ 自分の意志で 俺の傍にいてくれたんだって 「・・・アーニャ・・」 「・・ジノは・・・私に笑ってほしいっていう・・また・・」 「・・・ああ・・・まだそれ言ってるんだ」 スザクがくすりと笑った。 「アーニャは確か 『・・私はジノの周りの女の子の一人にはなりたくない。  だから、笑わない』って言ったんだっけ」 アーニャはこくりと首を縦に振った。 スザクは苦笑した。 「・・ジノは・・昔から肝心なところをわかってないんだよ。  表面しか見てないんだよね。  アーニャは・・辛かったんだよね?・・たくさんの女の子に笑ってるジノを見てるのが。  自分もその一人にされるのが怖かったんだろう?  昔から・・・ジノの事大好きだったから」 本当はずっと嫌われてるんじゃないかって思ってた。 だって彼女はいつも俺を見るとき 不機嫌そうだったから。 でも俺は・・彼女に誰よりも笑ってほしくて。 「・・・それに笑わないもう一つの理由も」 「・・・言ってたよね、昔」 「『笑うのが苦手で、変な顔になっちゃいそうで。  そんなのジノに見られたくない』って」 その言葉に恥ずかしそうに頬を染めた彼女に 苦しいくらいの愛しさと罪悪感がこみ上げた。 自分は勘違いで最低なことをしてしまったって。 その夜 そっとベッドに潜りこんだ。 アーニャはいつもみたいに目を瞑って眠っている。 いつもみたいに抱きしめることが 怖くて そっと細い指先を握った。 ゆっくりと瞼が開いて 不思議そうな瞳が俺を見た。 「・・・・ジ・・ノ・・・?」 「・・・アー・・ニャ・・・」 ぎゅっと指先を握って、 唇を彼女のそれにくっつけた。 初めてだった。 ふにふにした感触から離れて 彼女の首元に顔を埋めた。 「・・ごめん」 「・・・ジノ・・・?  どうしたの・・・?変なもの・・・食べた・・・?」 「・・・アーニャ・・・ごめんな・・・」 「・・・?」 「・・もう・・傷つけないから・・」 「・・・・俺も・・大好きで・・・」 「・・ずっとずっとアーニャに笑って欲しかったんだ。  誰よりも・・・誰よりも・・・っ・・。  他の女の子よりも・・ずっと大切だったから・・・」 気づけば、涙がこぼれていた。 カッコ悪いにも程がある。 それでも そんな俺でも彼女は 俺の頭をそっと撫ぜた。 「・・・・・・・・・スザクとの・・見た・・・?」 「・・・ん・・」 「・・部屋・・出て・・ごめん」 「そんなの・・どうでもいいから・・・」 ぎゅううと抱きしめる。 密着した身体。 彼女を見つめれば 赤い顔。 泣かないでって俺の涙を小さな指が掬う。 「・・・だいすき」 恥ずかしそうに言われた言葉に 血液が逆流するようなくらいの 激情を感じた。 「・・・ずっとずっと・・だいすきだったから・・」 「・・・ジノは・・酷いことしたつもりかもしれないけど  寂しいから辛かったんだって・・知ってるから・・・」 「いつも・・私の顔を見て・・寂しそうにしてるの知ってたから・・」 何度も何度も抱きしめて 何度も何度も名前を呼んだ。 泣きはらした目で カッコ悪い自分を曝け出して。 そんな俺を見て彼女は 「ジノ、かわいい」 天使みたいに笑った。