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母さんが妊娠五か月に入った頃、 父さんに休みがとれて、 三人で郊外にドライブに行った。 cosmos それは三人でドライブしている時で。 「あ・・・」 「すごっ!」 「ほんとだ」 僕らが横切ったのは桃と白に包まれた 丘。 コスモスの花畑。 「な、車止めて降りてみようか」 「でも・・母さん、大丈夫?」 「・・・別にこれくらい、大丈夫・・。  ここで・・・お弁当食べようか?」 「あ、そうだな。  アーニャ、お昼作ってきてたし、ここで食べよ」 道路の脇に車を止める。 僕が、お弁当の入ったバスケットとシートを持って、 少しお腹の膨らんだ母さんを父さんが支える。 僕はそっと丘を駆けのぼる。 風に揺れるコスモスが綺麗で。 桃色が母さんの髪みたいだと思った。 三人でシートを引いて、母さんの作ったサンドイッチを頬張る。 トマトの入ったサンドイッチが好きな僕。 サーモンの入ったサンドイッチが好きな父さん。 ちゃんと僕らの好みをわかって作る母さん。 ただ最近、大きくなったお腹で少しずつ 家事がつらくなってきているみたいだ。 「ヴュンシェ?」 「へ?」 「・・・どうしたの?ぼんやりして・・。  ・・・おいしく・・なかった?」 「え!?ち、違う。ちょっと考え事・・・」 「お前でも考え事があるんだなー」 「父さん、それ失礼だよ」 「冗談だって・・・」 僕が不服そうに父さんを睨めば父さんは笑った。 つられて母さんも笑うもんだから僕もなんだか笑ってしまう。 「あれ、アーニャ」 「なに・・?」 「コーヒー持ってきてなかったっけ?」 「あ・・・車の中」 「え、ほんと?ちょっと取ってくる」 「もう一つのバスケットにクッキーが入ってるから  それも取ってきて」 「りょーかい」 父さんは立ち上がって、車の方へ歩いていった。 母さんはその後ろ姿を見た後 またもぐもぐと食べだした。 僕ももうひと口頬張る。 やがて母さんがぽつりと僕に問う。 「ヴュンシェ」 「ん?」 「すきなひとくらいいないの?」 「・・・は?」 母さんの思わぬ質問に僕は顔を赤くする。 「な、なな何言ってるんだよ!!?」 「・・・いるんだ」 「いっ、いないよ!」 「・・・わかる。絶対いる」 「ど、どうして言いきれるんだよ」 「・・ヴュンシェが私の子供だから」 そう言って母さんはふわりと微笑んだ。 僕はその言葉に口を噤む。 「じゃあさ」 「・・・?」 僕は口を開いた。 なんだか母さんにバカにされ続けるのも苛々して、 聞いたんだ。ずっと聞けなかったこと。 「かあさんはどうしてとうさんが好きなんだよ?」 母さんはその言葉に目を丸くして驚いた。 母さんは忘れたかもしれないけど、僕は覚えている。 三歳のクリスマス。 僕は母さんに父さんがすきなのかと尋ねれば 「すき。だけど調子にのるから言っちゃだめ」 と言われた。 でも何故好きかは今まで聞いたことがなかった。 母さんは少し考えて、こう言った。 「父さんの第一印象は、ウザい男」 「は?」 そのまま語りだした。 「やたら話しかけてくるし。  名門貴族の息子なのに。  おまけに私より立場が上で。  でも初めて会ったその日に  『ヴァインベルグ卿って言わないでくれ』って言われた。  そのくせ、・・・女遊びも・・激しい時があったし・・」 「・・父さんが?」 母さんは頷いた。 今の父さんからじゃ想像できない。 「そのまま任務がよく一緒になって、一緒にいることが多くなって。  ・・・その時は大きな犬みたいな・・でも少しだけ・・頼れる兄みたいな・・・  そんな感じだった・・・」 「・・・でも・・・気づいたら」 「すきだった」 「いつも一緒にいたくて  頭を撫でられるのがウザかったのに  ・・だんだんそれも好きになって」 そこで一息ついて。 また話しだす。 「・・・付き合いだしたきっかけは最悪」 「・・・?」 「ジノのばか、今でも忘れてない。  ジノ、いきなり私の部屋に入ってきて  私、お風呂上がりで裸見られた」 「・・・なんか父さんならやりそう・・」 「・・・・・で・・いろいろ・・あって・・・付き合うことになって・・・」 「楽しかった」 「二人で見たことないものを見て」 「食べたことないものを食べて」 「聞いたことない音楽を聞いて」 「触ったことのないものを触って」 「しあわせだった」 「・・・戦争が・・始まるまで」 僕ははっと顔を上げた。 母さんは今まで戦争の話をしようとはしなかった。 したとすればあのクリスマスでの話だけだ。 「二人でたくさんの戦場で」 「たくさんの人を殺した」 「たくさんの味方を失って」 「・・・・・・・・・・終戦の一ヶ月前」 「私とジノとスザクは皇女の護衛についてた」 「教会の極秘通路があって、そこを通る予定だったんだけど・・  もうそこまで敵が迫ってて・・・  ジノが・・食い止めるから、私とジノに護衛を頼むと言った」 「え・・・父さんが・・・?」 「・・・死ぬ気だったの」 そんな話は全く聞いたことなかった。 母さんはぽつりと続ける。 「私は走った。  でも無理だった」 「・・・・」 「ジノのいない世界で笑える自信がなかった」 「ジノのいない世界で誰かを愛せる自信がなかった」 「ジノのいない世界で・・・一人で死ぬなんてつらくて」 「ジノを一人で死なすのもいやで・・・」 「ナナリーに任を解いてもらって・・一人教会に戻って、  泣いてるジノを見た時思ったの。  『一緒だった』って」 「・・一緒?」 「・・・ジノもおんなじこと思ってたって」 「だから二人でそこで誓ったの」 「地獄でも天国でもいいから、二人で幸せになろう・・・って」 「・・・その時、もう私は妊娠していたけれど」 「・・・え・・じゃあ・・・父さんは・・」 「三ヶ月を過ぎるまで私が妊娠してることなんて気づいてなかった」 「・・・・・・」 「・・・でもそこから大変だった」 「・・・?」 「私達にはもう地位も名誉もお金もなかったから・・・  ジノはつらい立場で・・・たくさん働いて・・」 「でも」 「辛い気持ちも・・すぐふっとんだけど」 「・・・?」 母さんはそう言って笑った、幸せそうに。 何かを噛みしめるように。 「病院で、生まれたばかりのしわしわのちっちゃい手の中に、  ジノが指を入れて・・きゅっと指を握った手を見た時に」 「ジノ・・・・こう言った」 「『生きててよかった』って」 「私に」 「『うんでくれて、ありがとう』って」  ぽとぽとと母さんの頬に涙が伝った。 母さんの涙は綺麗だ。 どうしてか、分からないけど・・・。 僕は今まで知らなかった父さんを知った気がした。 お調子者で、楽しくて でも強くて、実は頭がよくて、 そこそこ顔もよくて、人当たりもいい・・父さん。 一見母さんと反対のように見えても、 実は誰よりも母さんを愛してるって知ってる。 「かあさん」 僕は一本コスモスを摘んだ。 桃色のコスモスを。 「コスモスの花言葉知ってる?」 「・・・・?」 「ぼくの・・すきなひとが・・・教えてくれた」 コスモスの花言葉は 「『愛情』なんだよ」 僕はそう言って、もう一本コスモスを摘んだ。 「はい、母さん」 「・・・」 そして、一本を母さんに、もう一本を 母さんのお腹の前に。 「・・・ヴュンシェ・・・」 「僕は・・・こんなことしかできないけど」 「・・・・・・・・・・・」 「母さん、無事に産んでね」 そして語りかけよう、まだ見ぬ君に 「・・・無事に・・生まれてね」 そして、今度は君が僕に教えてください 僕の指を握りしめる事によって 儚いくらい美しくて優しい 命の温かさを 「ちょっ!!ヴュンシェ!!思春期なのはわかるけどさ!  母さん泣かすってどういうことだよ!!!」 「あ・・父さん」 振り向けば父さんがコーヒーの入ったポットとバスケットを持って 立っていた。 「・・・ジノ」 「アーニャ?どうしたんだ?ヴュンシェがなんか言ったのか?」 「ううん・・違う・・・目に・・ごみが入っただけ」 「そうなのか・・?」 「うん・・・」 母さんは涙を拭いて。 「・・・コーヒー、頂戴」 「あ、うん」 ひとつ、おおきな風がふいた。 花びらが僕らを包んだ そして、思ったんだ。 桃色の花びらが僕の周りを舞っているのを見て。 こんな風に僕は柔らかな愛情に包まれて生きていけるって 幸せなんだなって