皮膚はいらない。 dependence 掌を開いて彼の手を取った。 彼はすこし驚いて、 でも私が彼の掌と私のを重ねた瞬間 ふわりと微笑んだ。 大きな掌と小さな掌が重なり合う。 大きさも、指紋も、生命線も 全て違う二つの手。 どれだけ押したって、皮膚が融合するわけもなく 私達の個体が溶け合うこともない。 「なーに?どうしたの?」 「・・・なんでもない」 そう言って私が手を離せば 彼はお返しとばかりに抱きしめてきた。 私は温かい胸に顔を埋め、穏やかな彼の鼓動を聞きながら 考えた。 こうやって抱きしめても彼と私は やっぱり一緒になることはない。 私達には身体があって。 そこには皮膚が存在して、真皮があって。 二人にはそれぞれ、 違う考え方の脳と、 違う色の髪と瞳、 違う声音を吐きだす唇、 違う大きさの臓器と、 違う構造の生殖器がある。 どこかで越えられないのだ。 生殖行為を溶け合うと表現することがあるが、 それはやっぱり現実には違う事で。 内側に受け入れてもそこにはやっぱり 壁があるのだ。 真に個体が溶け合うなんてことはありえない。 「ジノ」 「ん・・・?」 「とけたい」 「・・・・暑いから?いっそのこと溶けた方がマシだってこと?」 「・・・もういい・・・」 「・・アーニャのなぞなぞは難しいんだよ」 優しい指先が髪を撫ぜる。 その指先から融解して 全て私になってしまえたらいいのに。 その指先が私の肌を隠すためにシーツで覆おうとする動き。 シーツを摘んで、私の肩から身体を隠していく動きでさえ。 思ってる。 その指先が一瞬でも離れる事が嫌だって。 「アーニャ」 「ん・・・」 「疲れただろ?明日も早いし、もう寝たら?」 知らないと思ってる。 明日から違う前線に行かなくちゃいけないってこと。 私はちゃんと知ってる。 だから眠りたくない。 わかってる。 疲れてる、貴方のせいで。 少し眠たいけれど。 このままとけあえたらいいのに 「アーニャ」 「・・なに・・」 「ずっと一緒にいれたらいいのに」 ねぇ、きっと同じことを考えてる 私達 きゅっと腕を首にまわした。 「アーニャ」 このまま皮膚が侵食して 貴方になってしまえば こんな寂しさを感じることもないのだろうか 「・・・ジノなんて嫌い」 「えええ、どうして!?」 「何も言わない。嫌い」 「・・何も言わないって・・」 「・・・・明日から・・ここにはいないこと」 だからいきなり私を部屋から連れ出して、 自分の部屋に連れてきたくせに。 だからベッドに入れて、身体に侵入したくせに。 何度も何度も。 だからお風呂場であんなに優しく私の体を洗ったくせに。 だから今こんなに優しく私の髪を撫ぜるくせに。 彼は少し目を開いて、その後苦笑して。 「・・・知ってたの?」 「・・・・・・・」 私はこくりと頷いた。 スザクに聞いた。 「嫌いにならないでよ、アーニャ」 「何も言わないジノは嫌い」 「今度から言うよ」 「でも」 「ジノにこんなに依存してる私はもっと嫌い」 「でもそれでいいって思ってるから、どうしたらいいかわからない」 蒼い瞳が揺れた。 私は溶け合う唯一の方法を実は知っている。 言葉を紡ごうとした薄い唇に舌を入れて、 そのまま口付けた。 彼のと私のが絡まって歯列をなぞっていく。 これが唯一の方法。 私の持ってるものと彼の持ってるものが共有される唯一の。 多分・・いいえ、きっと。 私は矛盾してる。 ジノに恋をした。 愛してる。 でも彼に依存したくない。 でも溺れてる。 傍にいてほしいと思ってる。 離れる事が寂しいと言っている。 このまま 融解してしまえばと嘆いている。 離れた唇から唾液が糸を引いた。 もう一度抱き締められて、 そのまま口付けられた。 でも今度はふんわりとした一瞬の口付け。 「アーニャ」 「聞きたくない」 「いや、言うよ」 「やだ」 何かに怯えてしまう。耳を塞ぐ。 涙がこぼれた。 「とけたいってそういうこと?」 「・・・・・」 「私ととけれたらいいのにって思った?」 「・・・・・・・そうだっていったら」 「依存したくないけど、依存してしまっていた」 「多分それが人を愛する事なんだよ、アーニャ」 唇から溶けていった私。 違う体温の皮膚は重なったまま。 ねぇ、熱いよ、熱い。 「・・・とけたい」 「ふたりでとけようか」 私がキスを強請れば そのまままた口付けられる。 気づけばシーツは丸まっている。 境界線は皮膚だけ。 溶解してしまえ。 目を開ければ揺れてる蒼い目。 私は再び堕ちていくんだと知った。 大きな掌が私の体を撫ぜていく。 夜はまだ明けない。 せめて世界が明るくなるまで 貴方に依存していたい。 溶けあっていたい。 貴方を感じていたい。 口付けによる共有も 結合による繋がりも 両方頂戴。 あなたのかけらをわたしのください。 世界が明るくなるまで 私の寂しさを埋めて。