フェミニストの誘惑 shining night 土曜日の夕方、ジノが部屋にやってきた。 どうしたのかと思えば。 「な、今から出掛けない?」 「今から?」 「ご飯驕るから」 「・・・・・いいよ」 「やった!じゃあ七時に駐車場」 待ってるからと言い残してジノはひらひらと手を振って出ていった。 さて、準備をしようかと思うと、またノック。 出れば、またジノ。 「・・・なに?」 「いや、言い忘れ」 「?」 「んーとな、正装で」 「・・・?」 「軽いパーティドレスみたいなのでいいから」 「・・・?わかった」 「じゃ!」 ジノは何やら楽しそうににこにこしながら 出ていった。 ジノに言われた通り、桃色のパーティ用のワンピースに 白のショール纏った。 髪はいつも通りポニーテイルだけれど、 髪留めにビーズのついた可愛らしいものを選んだ。 少し化粧をして、ハンドバックを持って。 そのまま駐車場に行けば、 ジノは車の横に持たれて立っていた。 ジノも黒のスーツを着ている。 私に気づいて、こっちを向いて手を振った。 私が傍に行けば、私を見下ろしてにっこり微笑む。 「可愛い」 するりと口から滑り落ちるように囁かれる。 なんだか恥ずかしくて視線を逸らせば レースで縁取った手袋をした右手の甲にキスを落とされた。 助手席を開けられて、すわる。 思い出したように向けられる彼のフェミニスト気質。 なんだか自分も女だったのだと再自覚するようで。 「ねぇ」 「んー?」 「どこ、行くの?」 「とりあえずご飯」 「・・・なんで正装?」 「行ったらわかるよ」 そのまま車内は無言になる。 沈黙になるや否や、携帯を弄るのは癖。 ふと、カメラで運転している彼をとった。 スーツは珍しいからと思って。 「え、撮った?」 「撮った」 「どうして?」 「・・黒のスーツ、珍しいから」 「そっか」 保存して、携帯を閉じる。 信号で引っ掛かってしまう。 「アーニャ」 「何?」 「口紅、してる?」 「・・少しだけ」 「じゃあ、ご飯食べたら塗り直したらいいよな」 「・・・?」 よく意味がわからなくて、彼の方を向けば ちゅっと唇にキスされた。 そのまま固まっていれば信号が変わって 車が進んでいく。 何が起こったかよくわからずに ぼーっとしていれば、ジノに苦笑されて 顔を前に戻す。 熱い、頬が。 遊ばれてるのだろうか。 「・・・あー、信号引っかからないかなー」 「・・・どうして?」 「またアーニャにキスできるだろ?」 茶目っ気たっぷりに笑われれば、 どうしていいかわからなくなる。 「・・・そしたら、いつまでも着かない」 「あはは、そうだな!」 ジノはどうやら御機嫌で。 私もなんだか楽しくなってくる。 やがて綺麗なホテルに着いて。 中央の大きなエレベータに二人で乗り込む。 ジノは最上階のボタンを押した。 浮上していく。 外にむき出しのガラス張りになっていて、 暫くすると周りのビルよりも高い位置になる。 「・・綺麗」 租界の綺麗な夜景がキラキラ光ってる。 外を見ているとふわりと背中を抱きしめられた。 「ジノ・・?」 「見て」 指差すところを見る。 吐息と共に耳元に優しく囁かれる。 「あれが政庁、あっちが学校だろ?」 視線は確かにそっちにあるのだが 耳元で囁くジノのあったかい吐息だとか 腰にまわった腕だとか。 気になって集中できない。 「・・・ジノ」 「何?」 そういう間も耳をかぷりと甘噛みされる。 くすぐったい。 「・・くすぐったい」 「だって、アーニャが可愛いんだもん」 肩のあたりに顔を埋められて、 少し痛みが走る。 そこから唇が離れた瞬間、 チンという音とともに到着。 「いらっしゃいませ」 最上階は展望レストランだった。 しかも私も名前を聞いたことがあるくらい有名な。 予約を入れてたようで、席が用意してあった。 席に座ろうとすれば、ジノがすっと椅子を引いてくれた。 「はい、アーニャ」 「・・・ありがと」 「どういたしまして」 メニューを見て二人でコースを選ぶ。 やがて私にはジュースと、 ジノには食前酒が運ばれてきた。 それを飲みながら、ふと聞いた。 「どうして、今日ここに連れてきてくれたの?」 「んー?前来た時にさ、アーニャと一緒に来たいなって思ったから」 「・・そう」 「ああ」 やがて前菜からコース料理が次々と運ばれてくる。 どれもとてもおいしくて。 ふとジノを見た。 いつもはトリスタンの操縦幹を握る指がナイフとフォークを握っている。 なんだか不思議。 なんだか少しだけ・・・少しだけいつもと違って・・・きらきらしてる。 多分・・・かっこいい。多分。よくわからないけど。 見ているとなんだか頬に熱が灯るので、 下を向けば不思議そうな顔をされた。 デザートを食べながらふと携帯を見れば もう9時。 そろそろ帰るのだろうかと思いきや。 「これ食べたら行きたいとこがあるんだけど」 こくりと頷いて。 店を出た後に連れていかれたのは ホテルの遊技場。 「アーニャと一回やってみたかったんだよな」 そう言って渡されたのはビリヤードのキュー。 「私・・やったことない」 「いいんだって!こういうのは楽しむのが肝心だから」 先に彼がすることになる。 台に上半身を乗り出して、キューの先端を玉に近づけて、 はじく。 彼の瞳と同じ色の玉がごとりと穴に落ちる。 「次、アーニャの番」 そう言われてもどうしたらいいかわからないでいると。 「こうするんだよ」 そっと右手にキューを握らされて、 その上にそっとジノの手が多いかぶさる。 左をキューの先端の近くへ持っていかされて 上半身が台に乗り出す。 左も手を添えられているから 彼が私の背中をおおうようになって。 心臓がなんだかばくばくする。 「でー、こう弾く」 手に力が加えられて、白の弾が緑の玉を落とした。 「わかった?」 「・・・・」 「・・・?よくわかんなかった?」 「・・・ジノ」 「・・・?」 「どいて」 「へ、あ、ごめん」 背中に触れていた体温が離れていって。 なんだか名残おしいような気もしたけれど。 心臓はばくばくと言ったままだった。 暫く彼とビリヤードをして。 少しは上手くなったと思う。 ジノも「上手いよ」って褒めてくれた。 気づけば10時を越していた。 次は展望ラウンジに行った。 角の死角になっている席に二人で座る。 夜景がキラキラ瞬いている。 バーテンから貰ったノンアルコールのドリンクを 飲みながら、他愛もない話をしていた。 暫くして、ジノが考えるような素振りを見せて。 そして。 「アーニャは明日は仕事ないよな?」 「・・・ないけど?」 「俺もない」 「・・・明日、どっか行くの?」 「・・・ん・・あのな」 ジノはジャケットの左右のポケットに手を入れて 握りこぶしを二つ 私の前に差し出した。 「何?」 「どっちか、選んで」 「両方鍵が入ってるよ」 「どっちかには俺の車の鍵」 「もう片方には」 「ここのもっと綺麗な夜景が見れるスウィートルームの鍵」 その言葉に思わず顔が赤くなる。 彼の言ってる意味くらい私にだってわかる。 車の鍵を選べば、そのまま帰宅。 部屋の鍵を選べば・・朝まで・・一緒。 つまり・・その・・・・ 私と・・・『したい』・・・ってこと。 したこと・・・ないけど。 「さ、好きな方とれるように頑張って」 そう言って悪戯に笑ってる。 でもそれは嘘。 ちゃんと彼は選ばせてくれている。 彼の車の鍵についた小さなキーホルダーの先端が 握りこぶしからわざとらしくはみ出している。 私は・・・・・・。 迷った挙句、視線を彼の左手に向けた。 右手をそちらに出していく。 キーホルダーの先端が見えてる方へ。 そっと彼の顔を垣間見れば、 優しく微笑んだまま。 もうフェミニストぶらなくたっていいのに。 「え」 彼の右手に私の左手が触れたと同時に キスをした。 ゆっくりと唇を離して、 少し恥ずかしくて俯いた。 左手を開ければ、ホテルのキー。 「・・・夜景、もっと見たいから」 「・・・・ジノと一緒に」 ジノは驚いたように目を見開いた後、 溜息をついて。 「・・・意味わかってる・・?」 その言葉にこくりと頷いた。 「・・・帰さないよ、本当に」 「・・しつこい・・・返事・・もうした」 「・・・ここに」 手袋に覆われた人差し指で唇を優しく突けば 少し頬が朱に染まった。 本当は夜景なんかよりも 熱に浮かされた貴方がみたかったの