今日の客は常連。 扉を開ければ、相変わらず人相が悪い。 Thank you for your buying! 猥界 グロリア この色街で三本の指に入る娼婦である、私。 店の一番大きくて美しい部屋を与えられて。 毎夜毎夜男に足を開く。 そんな生活が本当は大っ嫌いだけれど そうしないと生きていけない・・仕方ない。 私を買う男はやはり金持ちばかり。 先日はヴァインベルグ家のお坊ちゃまが来たけれど 彼は「夜騎士」の紅目の猫に取られてしまった。 だが・・実は・・私の常連にも一人 帝国騎士として彼と同じ組織に身を置く男がいる。 彼にお坊ちゃんの話を話せば笑っていた。 『あの顔でやっぱり遊んでいるのか』と。 そして、その客こそ今日の客。 私は彼の顔を見た瞬間、とりあえず嫌な顔をした。 「いらっしゃい」 「相変わらず嫌そうな顔で」 「娼婦だって客を選ぶ権利が欲しいわ。  どこかの猫のように」 「その猫に負けたんだろ」 「煩いわね!」 いつものように言い合いをしながら 彼をリビングに入れる。 「ほーら、さっさと酒ぐらい入れろよ、バカ女」 「ああああ!早く貴方くらいお金の払う  貴方以外の客来ないかしら、もうっ!」 いつも通り彼はソファーにどかっと座りこむ。 私は文句をグチグチ言いながら、 彼にウィスキーをいれる。 「はい、どうぞ!吸血鬼さん」 思いっきり睨みつけながら、ウィスキーの入ったグラスを突き出した。 彼はそれを受け取ると、ソファーの隣をポンポンと叩く。 私は溜息をつきながら、彼の隣に座った。 「何」 「飲めって」 「・・じゃあ・・ちょっとだけ」 ウィスキーの水割りを作って、彼と乾杯する。 少し口に含めば熱を纏った苦味が喉をすり抜けていく。 グラスをテーブルにおけば、 腰を抱き寄せられた。 彼もグラスをテーブルに置いていて、 右手で私の腰を抱いている。 左手は私の金髪を掬っている。 「やめてよ、髪が汚れる」 「お前、俺のこと客だと思ってないだろ」 「あら、よく分かったわね。さっさと私への御執心をといて  他の女に移ってくれないかなーどっかのバカ吸血鬼」 「俺は女の嫌がることするのが、結構好きなんだよな」 「とんだサディスト。私そういう性癖はないんだけど」 「耳元でキャンキャン叫ぶな、馬鹿女」 「私、貴方の嫌がること大好きだもの」 「お前こそとんだサディストじゃねーか・・・」 「貴方限定で」 「そうか・・じゃあ、お前にこれはいらないな」 「・・・は?」 彼は袋の中から何か箱を出した。 箱を開ければ、綺麗にならんだチョコレート。 見覚えのある包みと中身に私は黄色い悲鳴を上げる。 「ああああああ!!!それ!!!  高級チョコ専門店『ベロア』の本店のみ限定販売で  一日100箱のみの・・・幻のチョコ・・・!!!!」 「・・・・どっかのバカ女が、  『ベロアの限定チョコ食べたい食べたい食べたいんだけど、馬鹿吸血鬼』  って耳元で馬鹿騒ぎしてたのを思い出して買ってきてやったんだが。  いらないな、これ」 心底意地悪そうな顔で、私に笑う。 私はプライドを取るか、チョコを取るかを 暫く迷って・・・言った。 「・・・食べたい」 「あ?なんて?」 「食べたいです、ブラッドリー様!」 「・・・・・・・ほら」 彼は一瞬顔をしかめたが、私にチョコをくれた。 私は彼の横で早速それを食べ始めた。 「おいしい」 「そりゃどうも」 「よく手に入ったわね」 「まぁ・・コネで」 「・・・ありがと」 「・・・・・」 顔を背けたのは実は照れてるからっていうのは 結構前に気づいた。 実は彼にこんなお願いをしたのは初めてじゃない。 こんな仕事に就いていると必ずお客さんに聞かれる。 「何か欲しいものはないかい?」 と。 私はまずそこで本当に欲しいものをいう。 が、私の場合それは 「・・・ネオウェルズのケーキ屋『メルト』の苺ショートケーキ」 とかになるわけである。 だって、お菓子が大好きなんだもの。 でもお客さんはこれを聞くと笑うのだ。 「我慢しなくていいんだよ。もっともっと高いものを言ってごらん?」 それで私は仕方なく高価なアクセサリーを言うのだ。 でもそんなものは・・もう必要なだけあるし・・ 本当に欲しいものじゃない。 でも、彼は違った。 初めて彼に買われた時言われた。 『なんか買ってきてやるよ』 そう言われて私はいつもの通り大好きな『メルト』のショートケーキを頼んだ。 彼も私を笑った。私はいつもの通りほぼ諦めていた。 だって、彼は私の客の中では一番の金持ちだったし・・。 だけど・・・ 『お前、変わってるな』 それだけ言っただけだった。 その一週間後、彼はほんとにショートケーキを買ってきてくれた。 私は凄く嬉しかった。だから彼の前では自分を作るのをやめた。 ありのままの私でいることにしている。 彼は気にくわないけど・・・そういうところは結構すき。 「・・何、にやにやしてるんだよ」 「・・・別ににやにやしてないわよ」 私もなんだか恥ずかしくなって つい怒ったような言い方をした。 だけど、彼は 「なるほど。そのにやにや顔は元からか」 と悪態をつきながらも、私の頭を優しく撫ぜた。 なんだか拍子ぬけしちゃって・・・。 ぽとりと頭を彼の胸元に寄せた。 「ねぇ」 「あ?」 「ずっと前から気になってたんだけど」 「?」 「貴方って私のこと、どうして抱かないの?」 彼こそ変な男だった。 信じられないくらいの大金を私に払うくせに 私のこと、一度も抱いたことはない。 それどころかキスもしない。 セクハラまがいの触りはあっても 行為には及ばず ただソファーで私と話してるだけ。 だからずっと不思議だった。 「・・・それは・・・」 「その一、私には勃たない。  その二、女には勃たない。  その三、実は不能・・・」 「どれも違うに決まってんだろ」 彼は顔をしかめながら、私の額をついた。 「・・じゃあ・・どうして?」 彼は暫く言いづらそうにしていたが、やがて口を開いた。 「・・・ベッド、行くぞ」 「・・・・何ソレ」 「・・俺としたいんだろ、発情期女」 「誰が!気になったから聞いてみただけ」 「俺はその気になったんだよ。  勃たない勃たないって連呼されてたまるか、馬鹿!」 彼は私の手首を掴んで、ベッドルームへ連れ込んだ。 私は柔らかなベッドに押し倒される。 「・・これって私の嫌がることしたい症候群の延長?」 「嫌なら抵抗すればいいだろ」 「お客さんに抵抗なんてできないわ・・ああ、可哀想、私」 彼が私を組み敷く。 彼の顔がすぐ近くにくる。 そういえばこんなに顔が近いのって初めてかも。 やがて、彼の二つの目が閉じられていく。 私はそれを見ながら 『ああ、キスされるんだ』 とぼんやり考えていた。 そのまま柔らかな感触と共に 彼の舌が私の唇を割って侵入を開始した。 「んぅ・・っ・・」 『ドレス・・また皺になるかしら・・』 どこかで全く関係ないことを考えながら 舌を絡めていると、 指先が彼の手と絡んでいるのに気づいた。 そんなことされたの初めてだった。 ぎゅうと手を握られて ドクリと胸が高鳴った。 そんな時、左手の一部分が何か冷たいものに触れた。 それは暫く冷たかったが、 彼の掌ごと私の手も包まれて、その冷たさは感じなくなった。 唇が離れて、彼は複雑そうな顔で私を見下ろしていた。 私はさっきの左手の冷たさが気になって それを見た。 「え」 薬指に銀色の輪が輝いていた。 「何・・・これ」 「何って、指輪」 「そんなこと分かってるわよ。  いくら吸血鬼さんが人間の常識に疎いとはいえ  女を買うくらいなら薬指に指輪はめることがどういう意味かわかってるんでしょ?」 「・・・・・」 「・・・私、娼婦なんだけど」 「・・さっき言っただろ」 「は?」 「俺はお前の嫌がることするのが結構好きだって」 「だから・・お前が一番嫌がることしてやったんだよ」 「・・・・?」 「・・・店からお前を買いあげたんだよ」 「え・・・」 「今日からお前は俺のもの。はい、残念でした」 「・・何勝手なこと・・してるのよ・・。  貴方が私を買ったとしても、私は貴方の所詮愛人どまり。  生活の保障ちゃんとしてくれるわけ?」 帝国の騎士の愛人ならばその辺りはちゃんとしてくれそうな気がするけど。 「・・馬鹿女。お前こそ意味わかってないだろ」 「何がよ」 「お前を嫁にするっつてんだよ」 「・・・・・・・はああああ!!!?」 「・・指輪の意味なんてそれしかないだろ」 「で、でも!妻に迎えるって・・貴方貴族でしょ・・」 「俺は俺一人でなりあがって貴族になったからな。  別に誰を妻に迎えようが別段問題はない」 「・・・・・・」 「残念だが俺はお前をもう買ったから、お前に拒否権はない。  俺が嫌なら殺してでも逃げるんだな」 彼はそれだけ言うと私の隣に横たわった。 私は何故だかわからないけど、涙が零れてきた。 「・・・嫌すぎて、泣いてるのか?」 彼が苦笑いをする。私は彼の胸に飛び込んだ。 「一生・・・ここで足開いて生きてくのかと思ってた」 「・・・・・・」 「・・・ずっとずっと・・・」 ぎゅううと彼の服を掴めば優しく抱きしめられた。 ほんとはずっと気づいていた。 でもそれは娼婦は持ってはいけない気持ちだから。 ずっとずっと隠してたけど・・。 彼が嫌で、他の女に移ってほしかったのは・・・ これ以上本気になるのが怖くて堪らなかったから。 「・・毎日・・ケーキ食べるわよ、あとチョコも・・」 「太るぞ」 「・・・・それで、毎日貴方にグチグチ文句言って」 「それは最悪だな」 「毎日・・・キスしてあげる」 彼が目を丸くしたのを見て そっと口付けた。 「お買い上げ有難うございます。  こんな私だけど・・これからも貴方を愛すから・・  愛してね・・・・ルキアーノ」 「頭弱いな、本当に。  愛してなきゃ、お前みたいな煩いの買わない」 「うん、知ってた」 「・・・・・・・」 「愛してたから抱かなかったのも、ホントは知ってた」 「・・・・・・・」 「だからずっと好きだったの」 答え合わせはシーツの中で。 二人でくすくす笑って。 初めて熱を共有した。 お買い上げ有難う御座いました、マイダーリン。