トラウマというものは いくつになっても消えないものだ trauma 「で、こんなミスするのは何回目?トゥエルブ」 「・・ごめんなさい、ベアトリス」 「・・再提出。明日の朝までによ」 「・・わかりました」 私はその部屋から出て一つ溜息をついた。 自室に戻り再提出の判を押された書類を見た。 指摘された部位を直して、一息ついた。 外は泣きだしそうな曇り空。 でも気分を変えたくて。 政庁の屋上庭園にくる。 いつもアーニャが枢木卿の猫と戯れている場所には 今日はアーニャいなかった。 大理石が冷たい。そっと作られたそこに腰を下ろす。 一気に疲れが溢れだして 私はそこに座ったまま上半身を横たえた。 ひんやりとした冷たさが頬にしみる。 気づけば眠気に襲われて、 瞼をそっと閉じた。 『泣き虫!』 『バーカ!モニカなんてほってどっか行こうぜ!』 『待って!置いていかないで!』 幼い頃の自分がいる。 苛められていた。 泣いてばかりの毎日で 毎日泣き虫と罵られた。 だから殻を作った。 強くて硬い殻を。 厳しい性格になった。 弱さを見せないために。 強くなりたくて 騎士になった。 強くなりたくて。 でも 強くなっても 誰かを信じることが怖かった。 「・・・・・・・・・・・・・は?」 格納庫から戻ろうとして 屋上庭園の扉が開いていることに気づいた。 外はどしゃぶりの雨だし こんなとこに誰かいるはずはないと思っていたが。 「・・なんでこんなとこで寝てるんだ・・この女」 庭園の中心の大理石の屋根の下のベンチで 見知った女が眠っていた。 「・・おい、起きろ。クルシェフスキー卿」 肩を少し揺らしたが、熟睡しているようだった。 いくら雨に濡れていないとはいえ、 こんな寒い日にこんなところで眠っていたら 風邪をひく。 頬に触れれば、酷く冷たい。 「・・・・?」 不思議なことに 雨にうたれていないはずの頬が濡れていた。 静かに涙が零れていた。 泣いていたのだろうか。 この気丈な女が泣くのは何故かとても意外で。 「・・・・・・・・・・・」 ほんの少し、胸が鳴った。 その後数回揺さぶってみたものの 一向に目が覚めない彼女に 深く溜息をついた。 仕方がない。 細い体を持ち上げて。 御姫様抱っこなんてものは勘弁してほしい。 というわけで普通に抱いて、 空中庭園を後にしようとした。 体温が温かいのか 頬を無意識に俺の肩に寄せる姿に 愛おしさを感じた。 少しだけ。 その時 「・・・・・・・・・じゃ・・・・ない・・も・・・」 「え?」 小さな寝息と共に何かが聞こえた。 「・・・・・泣き虫じゃ・・・・ないも・・ん・・・・」 そう言って首元に顔を寄せた彼女に 顔が真っ赤になって。 『・・・・・・なんだこの・・・生き物は』 かわいいなんて思っていない。 決して、決して。 頭を過ったことを必死に忘れようとして 紛らわすために 彼女の金糸を数回撫ぜた。 目が覚めると知らない部屋の知らないベッドで眠っていた。 思わずバッと飛び起きて、自分の服を確認する。 脱がされてはいないらしい。いつもの制服だ。 ベッドから降りて靴を履いて、 外に出た。 ありえない、ありえないありえない・・・・・・・・・・・。 「・・・・・・どうも」 「・・・まさかここ貴方の部屋じゃ・・」 「・・屋上庭園で爆睡してた人に文句は言われたくないな。  何度も揺すったのに起きないから親切心で運んでやったのに」 なんてこと・・・。 よりにもよってこんな男に・・・! まだジノとか枢木卿の方がいくぶんマシ。 「・・・・・・・・・・それは、どうも有難う」 「どういたしまして、クルシェフスキー卿」 「それじゃ」 「ああ」 急いで部屋から出て行こうとした時だった。 「・・・じゃあな、泣き虫」 「・・・・・・は?」 「魘されてたから」 「『泣き虫じゃないもん』って」 思わず顔が真っ赤になった。 固まって動けない。 そんな私に彼が近づいて、耳元で一言。 「泣き顔は結構そそったんだがな」 その言葉に彼に近づいて手を上げようとしたときだった。 彼は何も言わず私の頭に手を乗せた。 「・・・何よ・・っ」 「・・・・・別に。  なんでもないですよ、クルシェフスキー卿」 さらさらと髪を撫ぜられる。 彼らしくない行動にどきりとしながら見上げた。 何故か顔が優しい。 ・・・調子が狂う。 「・・・別に女なんだから泣くのを我慢する必要はないだろ」 「え・・・・・・・・・・」 「・・・まだ若いし」 「・・貴方が言うといやらしく聞こえる」 「・・・・人が真面目に励ましてやろうと思ったのに」 「あら、そうなの?」 彼の手をふりはらって 扉から出ていった。 だけど、すぐ戻ってきて。 そっと扉を開けた。 顔だけを出して。 「ブラッドリー卿」 「あ?」 「・・・ありがと」 それだけ言って私は自分の部屋に走った。 空気は冷たいのに 頬は冷たかったのに どうしてこんなに身体が熱い 「・・・バカみてぇ」 それは二人とも同じ。