なにもしらなかった それはぼくのとうさんとかあさんの れきし Wunsch 「母さん」 学校から帰ってきて、 鞄を置いた。 母はソファーに腰かけて、読書をしている。 視線をちらりとこちらにむけて 「おかえり」 と言った。 僕の母さんはいつもこんな感じだ。 僕の両親は若くして僕を生んだので 他の子の親より両親はずっと若い。 それは年をとるごとに感じて。 12歳になった今でも感じる事だった。 「明日、社会科見学なんだ」 「そう」 母はぱたりと本を閉じて僕を見た。 「どこへ行くの?」 「戦争記念館に行くんだ」 そう言えば、母は一瞬怯えたようにこちらを見て 「え・・・母さん?」 そしていつもの顔に戻った。 「・・・そう・・なんでもない。  明日のお弁当のおかず、何がいい?」 「・・・ハンバーグ」 「わかった」 母さんはそう言って、立ち上がって、どこかへ行った。 僕は喉が乾いて、冷蔵庫へ向かった。 ずっと昔から不思議に思っていたことがある。 僕の家には家族三人で撮った写真はある。 僕が小さい頃父さんと撮った写真。 僕が母さんと眠ってる写真。 父さんと母さんの姿を僕が撮った写真。 だけどうちには 僕が生まれる前の写真が一枚もなかった。 友達の家には両親の結婚式の写真ぐらいあるのに 僕の家にはそんな写真すらなかった。 それに僕はほとんど知らない。 父さんと母さんがどういう風に出会って 何故結婚したかとか。 わかりやすくいえば、父さんと母さんの歴史を全然知らなかった。 知っている事と言えば・・ 二人が昔戦争に巻き込まれた事があるというくらいだった。 その日の夜、母さんはなんだかいつも以上にぼんやりしていた。 僕は母さんの作ったパスタをもぐもぐ食べながら、 母さんを見ていた。 すると母さんが不意に口を開いた。 「ねぇ」 「何?母さん」 「・・・あのね」 「母さん、働こうと思うの」 僕は驚いて、母さんを見た。 「え・・・?」 「家事はする。・・だめ?」 「・・・どうして?」 「・・・・」 それは素直に思った事だった。 父さんは軍人で階級も高いから、 そこまでお金に困ってるとも思ってなかったし。 「・・・明日、父さんが帰ってくる」 「そうなの?」 父は合衆国本国での勤務が多くて、単身赴任のようなものだった。 その父が明日帰ってくるそうだ。 「・・・明日、父さんとその話をするから」 「うん・・分かった」 食べ終わると母は食器を片づけながら、 「お風呂沸いてるから。  明日は早いなら、早く寝なさい」 そう言った。 その夜僕はあまり寝付けなかった。 母が働くというのは少しショックだった。 昔から母にべったりなところがあったから 寂しくなるとか それに本当は貧乏なんじゃないかとか 考えだけがぐるぐるとまわって。 で 「・・んっ・・・」 目を覚ますと朝日が眩しい。 目覚まし時計を見ると。 「え、えええええええええ!!!!!?」 もう集合時間まで20分しかない。 登校には10分かかる。 急いでベッドから跳ね起きて制服に着替える。 階段を駆け降りると。 「おはよう」 「母さん!なんで起こしてくれなかったの!?」 「起こしたけど、まだ寝るって寝たのはそっち」 そんな寝言を言っていたのかとびっくりした。 急いで身支度を整えて、母さんのご飯を食べた。 「今日、7時くらいに父さんと帰るから」 「え?」 「用事があるから」 「あ、ああ!!分かった、母さん行ってくる!」 「いってらっしゃい。あわてて転ばないように」 母さんが珍しくくすりと笑うのを聞いて僕は飛びだした。 無事集合時刻に間に合って、 皆で戦争記念館へ。 戦争記念館。 ここは僕らが生まれる前に起こった エリア11(今は合衆国日本だ)と 宗主国であった僕らの国ブリタニアとの戦争の資料がある。 ブリタニアが敗戦するまでの足取りや、 皇族家、黒の騎士団の発足。 その資料がある場所。 「ここが皇族家の資料室になります」 僕らの案内をしてくれたのは綺麗な長い銀髪のお姉さん。 皆の母さんくらいの年で、僕の母さんよりは年上くらいに見えた。 お姉さんはつらつらと皇族家の説明や、 皇族家と反逆者ゼロの関係、 それを説明していった。 その皇族家の部屋の隣が 名前を残した総督などの写真などがあって。 その部屋の一番奥に飾られていたのは。 「あ、ナイトメアだ!!」 仲のいい友達が叫んで 駈け出した。 僕も一緒にその後ろを走った。 「すっごいなぁ・・・デカい・・・」 「ほんとだ・・・」 真っ赤なナイトメアだった。 まわりをバーのようなもので囲まれて、 近くには入れないようになっていたが。 なんだか高貴で なんだか強そうで なんだか悲しそうだった そこにくすりと笑った銀髪のお姉さんがやってきた。 「このナイトメア、実は期間限定の展示で、  今日の3時で展示終了なの。  あなたたち、運がいい」 「このナイトメアは何!?」 友達がわーわーと大きな声で聞く。 「これはナイトオブラウンズのナイトオブシックスの機体。  モルドレッド」 「・・ナイトオブラウンズ・・・?」 「え?お前知らないの?」 そもそも僕は歴史が苦手だった。 お姉さんは口を開く。 「ナイトオブラウンズ・・・。    皇族守護のために作られたナイトメア専門のブリタニア最強の騎士。  年齢も人種も問わない、実力だけで決まる騎士。  合衆国第一総統大臣の枢木大臣は元々ナイトオブセブンでした」 そう言って壁際に足を運ぶ。 「この写真が最後のナイトオブラウンズ全員の写真。  これが、枢木大臣」 「へぇ〜」 それぞれ色の違うマントに包まれた12人の騎士。 僕も友達と一緒に興味津々でそれを見た。 が 「え?」 僕は息を吸う事すら忘れそうになった。 友達の楽しそうな声すら聞こえなくなった。 「・・・どうしたんだ〜?」 お姉さんの不思議そうな顔が一瞬見えたが。 「・・・枢木大臣がどうかした?」 「・・・・・違う」 僕が見たのは、その隣だ。 そして左から三番目の男の人。 僕はおそるおそる指さした。 桃色のウェーブの少女を。 「・・・この人の・・名前は・・・?」 銀髪のお姉さんは言った。 「ナイトオブシックス、アーニャ・アールストレイム。  至上最年少で騎士になった人。  そこのモルドレッドのパイロット」 「へぇ!あのナイトメア動かしてたの、こんなちっさい子だったんだ!!」 友達は横で驚いたように見ている。 もう・・・僕の考えは確信に近かった。 そして、もう一度指をさす。 「じゃあ・・この人は・・・?」 お姉さんは口を開いた。 「ナイトオブスリー、ジノ・ヴァインベルグ。  名家ヴァインベルグ家の人で、  ナイトメアの操縦は恐ろしいくらい素晴らしかった。  今は軍で働いてる」 「ふーん!あ、あれ?ヴァインベルグってさ。  お前も名前、ヴァインベルグだよな!?」 「え?」 友達は「一緒なんて珍しいな、よかったな!」と笑った。 お姉さんは暫く僕を見つめて、 そして 気づいて、息を飲んだ。 この金髪に この紅い瞳に 「貴方・・・もしかして」 その時、ふわりと肩を叩かれた。 振り向くと。 「・・お弁当、忘れてる」 にゅっと突き出された、お弁当。 紛れもない、母だった。 そう、あの写真と同じ。 違うのは、髪の長さだけ。 「母さん・・・!?」 「なっ、や、やっぱり・・・!!!」 銀髪のお姉さんが驚いたように近づいてきた。 「お、お久しぶりです!アールストレイム卿!!」 「・・ヴィレッタ。私、もう位はないし、  第一、アールストレイムじゃない」 「あ・・ご、ごめんなさい」 友達が驚いたようにこっちを見て、 僕を腕を引っ張った。 「お、おい!!!」 「・・・・・」 「あれ・・・お前の母さん・・・?」 「そうだよ・・・・」 「あ、あの写真の人じゃないか!!!」 「だから僕も驚いたんだよ・・・ッ」 「じゃあ・・・ヴァインベルグって・・・」 「うん・・・」 そう言って僕は指さした、 自分自身で再確認するように。 「・・・僕の父さん」 「嘘・・・マジかよ・・・!!?」 「だから・・僕も全然知らなかったんだ。  どういうことなのか・・さっぱりだ・・・」 僕らは暫く呆然としていた。 でも二人の話し声は聞かれた。 「・・・今日は3時からの約束じゃ・・・」 「・・息子がお弁当忘れて、届けにきただけ」 「そうですか・・・・・・でも」 「・・・・・・?」 「意外でした・・まさかヴァインベルグ卿とご結婚されていたなんて」 「・・ジノももう位はない」 「あ・・すいません。・・・ならば・・もしかして」 「・・・・・・」 「今回の復帰は・・・やっぱり契約なんですね」 「・・・ヴィレッタ・・・。それ、ここでは言わないで」 「・・すいません」 「母さん!」 僕は聞こえた言葉を頭の中で反芻した。 「契約って何・・・・!?」 「・・・・」 「復帰ってどういうこと!!!!?」 「・・・・」 いろいろはち切れそうだった。 「どうして!?」 「どうして、今まで何も教えてくれなかったんだよ!!!」 バ――――――――――ンッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! すさまじい爆音が響いた。 「なっ・・・・!!?」 警報が鳴りだす。 どこからか爆音、銃声。 なんだろう、これ。 こんなの・・知らない。 テレビの中だけじゃないのか・・・? 銀髪の女の人・・・ヴィレッタさんが 急いで無線をとった。 「何が起こった!!?」 『テロリストです!!!  ナイトメア5機です!!!  3号館へ向かってます』 「なッ・・・ここか・・・あ・・・まさか!!?」 『敵の目標は・・・モルドレッドかと!!』 「・・・今日輸送する事が漏れたか・・。  通報は!!?」 『軍にしましたッ!!!でも間に合いません!!!』 「とりあえず、警備用ナイトメアで私が出る!!!  早く客を避難させろ!!!!!」 『はいッ!!!!』 そう怒鳴ると。 「・・早く逃げろ!!!そっちに非常口がある!!!!」 「・・わ、わかった!!!」 僕と友達は急いで逃げようとした。 「母さん!早く!!!ここに来てるんだよ!!!!」 母さんは立ち止って、そして言った、 「ヴィレッタ」 「・・・・」 「動かせる・・よね・・・?」 「な・・・っ!!?」 「・・・答えて、ヴィレッタ・ヌゥ」 「・・・動きます、キーさえあれば・・。  今日貴方に輸送してもらう予定でしたから。  エネルギーもフルで稼働します」 「・・・そう・・」 「じゃあ、その二人は貴方が避難させて」 そう言えば、母さんは後ろを向いて、 真っ赤な機体に向かった。 「な、何言ってるんだよ!!母さん」 「・・・・・」 母さんは振り向いて、ちらりと僕を見た。 「行って、早く」 「嫌だよ!!!母さんを置いてなんか行けないよ!!!!」 「・・・・行きなさい」 「嫌だ・・・!!」 「・・・ヴィレッタ・・早く連れて行って」 「嫌だ!!!!!」 ヴィレッタさんはすごい力で僕を掴むと友達と非常口へ飛びこんだ。 母さんの姿はやがて見えなくなった。 「離して!!!母さんを助けないと!!!!!」 「・・・・すぐにわかる」 「何言って・・」 「・・あの人は元ナイトメアオブラウンズ。  帝国最強の騎士の六番目。  テロリストごときにやられるはずがない」 「・・・自分の、母親を信じろ」 ヴィレッタさんの声に僕は震えた。 壁際の階段からコクピットへ乗れた。 ベルトを閉めて、 キーをさすと、 操縦幹の懐かしい感触がした。 「ただいま、モルドレッド」 私の親友 一緒に戦場を駆けたから 貴方だって誰かに奪われたら困るから アレ以来結ぶことがなくなった髪を一つにくくる。 戻っておいで アールストレイム卿 爆音と共に現れたのは軍用ナイトメア5機 スピーカーごしの声。 『ちょろいな!さっさと頂こうぜ』 『予定通り、抱えるか。  でもやっぱりデカイ機体だな』 『それでも動かなきゃただの木偶の棒。  さっさと運ぶぞ』 彼らはまだ気付いていないらしい。 この瞳が再び紅に染まっているのを。 「なめるな」 その言葉と同時にミサイルを発射した。 爆撃を免れたのは3機。 残りは爆発によって脱出。 『なっ・・動かねえはずじゃ!!?』 『・・・だ、誰が動かしてんだよ・・・』 『何者だッ!!!!』 「モルドレッドのパイロットは一人だけ」 『なっ!!!?』 スピーカーから声を発すると同時に 一機を潰す。 頭を抑え込めばへしゃげた。 「残りは二機」 『一人だけ・・・まさか・・お前は』 「ハドロン砲は使えないから、ミサイルくらいいいよね」 『なっ』 敵の懐に紛れてミサイルをぶち込むと、 敵は即座に脱出した。 「あとはあなただけ」 『くっそ・・まさか・・元ラウンズがいるなんて』 無駄口を叩いてる間に頭を掴んだ。 「出ておいで」 そう言えば、観念したのか脱出した。 その時ちょうど、サイレンが聞こえた。 気づけば建物は崩壊してしまって、蒼い空が見えた。 敷地内の芝生に逃げていた客達が騒いでいるのが見えた。 こっちを見ていた。 とりあえず、ここじゃ出れないので外に出た。 どうもテロリストは全員捕まったらしい。 私はモルドレッドを屈めて、 コクピットから降りた。 「大丈夫でしたか!?」 ヴィレッタがすぐ寄ってきた。 「大丈夫」 軍人も数人寄ってきて。 「ご協力有難う御座いました」 ・・・なんだかモルドレッドで初めていいことをした気がした。 「母さん!」 息子が走ってくる。 手を握られた。 「・・大丈夫?」 頷く。 「母さんの戦ってるとこ・・見たよ」 「そう・・」 「かっこよかった、すごく!!!  ・・・でも、心配だった」 「・・そう・・でも無事でよかった」 「それは母さんの方だろ!!!」 泣きそうな顔に驚いて、 優しく頭を撫でてあげると なんだか複雑そうな顔をした。 「・・・お前が、元ラウンズか」 振り返ると、 軍人に囲まれた五人のテロリストが私を見た。 「・・・今や子持ちの女か。  こんな女にやられるとは・・・」 「・・・・・」 「お前らも枢木スザクと同じだ。  皇族を黒の騎士団に売ったんだッ!!!!!」 浮かんだのはナナリーの笑顔。 あのわかれたあの時のナナリーの笑顔。 「・・・・・違う」 「・・・母さん?」 「我が身かわいさに・・・この日本の狗がッ!!!!!」 「・・・・・・黙れ」 ああ 彼はいつもこんなふうに罵られてきたのだろうか ナナリーの笑顔の次に 彼の笑顔が浮かんだ。 あの笑顔の裏にこんな痛みを受けたのだろうか。 「ナイトオブラウンズなど、所詮皇族の騎士にもなりきれなかった  ただの裏切り者の集団め!!!!!!」 「何も知らないくせに・・・ッ!!!!!」 私個人はどう言われたってよかった。 だけど 今も苦しむジノを 死んでいったビスマルクさんを 同じくこの世界のどこかにいる一緒に戦った9人を侮辱されるのは堪えられなかった。 叫んだ男に手を振り上げた時だった。 「やめとけ、お前が殴る意味なんてない」 掴まれた手首を見上げるとその先には 彼の顔があった。 「・・・ジノ」 「・・・あ、おい!そいつらさっさと運べよ〜!」 「あ、はい、ヴァインベルグ大佐」 兵士は五人を車に乗せて連行していった。 ジノはそれを見たあと 私の手首から手を離した。 「・・・なんで、ここに」 「いやぁ〜こっちの本部に戻ってきたらさ、  なんかテロがあって、  しかもモルドレッドがテロリスト全滅させたって聞いて。  まさか本当にお前が動かしてたとは」 「・・・当然」 息子は彼の姿を見つけて 彼に寄ってきた。 「父さん!」 「おお!!ただいま〜!!  ちょっと見ない間にまた身長伸びたんじゃないの、お前!」 相変わらず父と息子の仲はよろしいみたいで。 「・・・あの」 「ああ・・・」 ヴィレッタに声をかけられて、建物を見た。 「・・どうしよう・・記念館」 「ああ・・それはテロリストのせいですから。  国からお金はおります」 「そう・・よかった」 「・・・一応、今日はこんなこともありましたし、  お客様には帰っていただきました。  ですから・・・モルドレッドの輸送を予定通り開始したいと」 「・・・わかった」 頷くと父と話していた息子に言った。 「・・・先に家に帰ってて」 「え・・」 「今から父さんと軍に行かなきゃいけないから」 「そうなの・・父さん」 「うーん、そうなの。まぁ、帰ったら話すから」 「・・・わかった」 息子は頷いて、帰る準備を始めた。 ちょうど友達は彼を待っていたようで。 私はその友達のところへ行った。 「・・・あ、あの・・」 「あの子と・・・仲良くしてくれて、ありがと」 「え・・・」 「これからも・・仲良くしてあげて」 「あ・・はい!」 「ちょっと・・!母さん何言ってんだよ!!」 「あ、・・家の鍵」 鍵を渡すと私は息子とわかれ、モルドレッドに再び乗った。 午後7時半。 テーブルに並んだ食事。 あれから帰ってきて、夕食を作った。 「うわ〜、うまそう」 「・・・・」 「しかも、これ俺の好物ばっかりじゃん。  いや〜愛を感じるよ、アーニャ」 「・・ジノ、黙って食べて」 「食卓は楽しくが基本だぞ!」 「・・・はぁ」 息子はそんな姿を見て、うんざりかと思いきや なんだか楽しそうだった。 ・・・最初は私に性格が似てるかと思ったが 最近確実に性格までジノに似てきた。 食事が終わった頃 息子は口を開いた。 「でさ」 「ん・・?」 「・・契約とか復帰とか・・・」 「説明してくれる?・・・母さん」 私はその言葉に口を開いた。 「・・・再来週から、軍部に入る。  司令官の一人として」 「・・・・・契約ってどういう事・・・」 私が言いにくそうにしているとジノがフォークを置いた。 「・・・ブリタニアが負けた時、俺達は選択肢が二つしかなかった」 「一つは・・・公開処刑」 その言葉に息子は目を見開いた。 「もう一つはブリタニアを滅ぼしたゼロの駒となるか。  そうすれば生活は保障するって言われた」 「・・・それを言われた時、もうお前はアーニャの腹の中にいたし、  俺はアーニャと結婚する気だったから、  迷わず後者を選んだ」 「でも、それは俺一人っていう意味じゃなくて  アーニャにも適用されてたんだ」 「・・・じゃあ・・」 「アーニャも・・ある程度子育てから解放されたからな。  そろそろ復帰しなくちゃならない。  これは今生きてる残りの元ラウンズがそう言う事になってるんだ。  そういう契約なんだよ。  まぁ、今妊婦のモニカは別として」 「・・・・・」 「・・・ごめんな」 謝ったジノに私は視線をあげた。 「・・・こんな親でごめんな」 私の瞳からぽとりと涙が落ちた。 息子は驚いていた。 「俺達の手は・・真っ赤なんだよ」 「何百っていう人をこの手で殺してきた」 「この手で公開処刑だってしてきた」 「それが ブリタニア だったんだ」 「俺達はそのツケを払わなくちゃならない」 その言葉に・・私は、息子を抱き締めた。 「・・かあさん」 「ごめん」 今までずっと言えなかったのは 彼に後ろめたさがあったから 涙が止まらないのは 涙が止まらないのは・・・ 「こんなわたしがははおやでごめんなさい」 「・・・かあさん・・何言ってるんだよ」 「もっともっと」 「きれいなうでで・・・だきしめてあげれたらよかったのに」 「・・・・・っ・・・」 震える体を息子が抱きしめてくれた。 「ほんとうは・・すごくこわかった」 「いのちをうばってきたじぶんが」 「いのちをさずかることが」 「でも」 「すごくしあわせで・・・・っ」 「あったかくて いままでしらない あったかさばっかりで」 「しあわせになればなるほど」 「うしなうことがこわくてたまらない・・・っ」 それは僕が知らない・・・母の姿だった。 いつも無表情で時々微笑む母じゃなくて 脆くて弱くて 今にも壊れそうな 一人の女の人だった。 「ヴュンシェ・・・風呂入ってこい」 「え・・・」 「で、アーニャはこっち」 僕が腕を解くと母はゆっくりと父の元へ行った。 父は明るい声で言った。 「はい、ヴュンシェは風呂に入って寝る!  もう大人の時間ですー!」 時計を見れば 「まだ・・九時だよ?」 「九時からは大人の時間ですー。  はい、風呂へ前進!」 「・・・わかったよ」 僕はそう言って、お風呂に向かった。 その後・・二人が気になったが。 きっと僕じゃ、母さんをどう慰めることもできないから そのままベッドに入った。 『もっと・・きれいなうででだきしめてあげられたらよかったのに』 その言葉が頭からずっとずっと離れなかった。 ヴュンシェが浴室へ向かったのをちらりと見て 私は手招きしたジノのところへ行った。 立ち上がった彼に苦しいくらい抱きしめられた。 「・・・・お前がそんなふうに思ってるなんて知らなかった」 「つらかったな、アーニャ」 「わかってあげられなくて」 「悪かった」 私はぶんぶんと首を振った。 「ちがうの」 「ジノは悪くないの」 「だってジノがいなかったら」 「わたし こんなに しあわせになれなかった」 大粒の涙が彼のシャツを濡らしてく。 大きな彼の手が私の髪を撫ぜる。 昔みたいに 昔みたいに 「ねぇ」 「ん・・?」 「わたし・・あのこを・・・しあわせにできてる・・?」 「・・・・アーニャ・・・」 「こわい」 「これがじぶんのじこまんぞくだったらっておもうと」 「あのこがわたしたちのむかしのことしったら」 「うらぎりもののこどもとして・・・まわりにみられるんじゃないかって」 「こわくて・・・たまらない」 「・・・なにも・・・あのこはわるくないのに」 「じの・・・っ」 「しあわせになればなるほど・・・なんでこんなにこわいの・・・?」 息ができなくなるくらい、 喉が潰れるくらい きつくきつく抱きしめられた。 「アーニャはいい母親だよ」 「うそ」 「嘘じゃないって」 「ヴュンシェはそう思ってない」 「・・・あいつがそう言ったのか?」 「・・・ううん・・・でも」 「わたし・・・いっつもむひょうじょうだし」 「どうやってせっしたらいいか・・いつもわかんない」 「だから」 「むかしのはなししたら・・・ほんとうにあのこにきらわれるっておもったの」 「だからずっと・・・」 「あのこにいえなかった」 「むかしのしゃしんだっていちまいだっておけなかった」 「せかいじゅうのどんなひとになにをいわれても」 「あのこにはきらわれたくないの」 「アーニャ」 腕を緩められて、 蒼い視線と目があった。 「大丈夫」 「・・・・」 「アイツはお前の事大好きだよ、言わないだけでさ」 「・・・・」 「男の子は皆マザコンなの」 「・・・ジノも・・?」 「俺はアニャコン」 「・・今、真面目な話してるの」 「あー、もっ。分かってる。ちょっと聞いて。ほら」 ジノはそういうと真面目に言った。 「お前の手も俺の手も真っ赤だけど」 「お前がヴュンシェを抱き締める腕は」 「人殺しの腕じゃないだろ」 「水仕事で少しあかぎれた手がついた」 「母親のあったかい腕だろ」 大きな手が零れた涙をふいた。 うれしかった。 そのことばにぜんぶぜんぶすくわれたきがした。 わたしはほんと いつもいつも じののあったかいことばと あったかいえがおと あったかいおおきなてにすくわれてばっかりだった 「じの・・」 「ん?」 「・・・ありがとう」 「・・アーニャもありがとう」 「・・どうしてじのがいうの?」 その言葉に彼は照れたように笑って 「ずっと傍にいてくれてありがとな」 「愛してるよ、アーニャ」 「これからも ずっとずっと」 そうやっていっつもわらってわらって わたしをなかせてなかせて だからわたしもいってしまうの 「あいしてる  ずっとずっとずっとずっと  あいしてるから  ずっとずっとずっとずっと  そばにいてね」 わたしにはあなたと きぼうがひつようだから