人肌恋し、君愛し 紅(べに) 同じ布団から温もりが一つ消えた。 俺はごそごそと動くそれを感じて、 目を覚ました。 外の光はまだ薄暗い。 明け方のようだ。 薄暗い部屋に、アイツの白い肌が浮きあがった。 昨日付けた痕はもう消えてしまったようだ。 裸体が動く。 柔らかな尻が軽々と持ち上がる。 (そんなとこ見たなんて言ったら後で打たれる) 少し寝ぐせがついた髪を手櫛で整えながら、 タンスから下着やら着物やらを取り出す。 アイツはどうやら俺が起きているのに気づいてないらしい。 タンスから、文字通り桃色の上下の下着を取り出して 身につけていく。 昨夜愛撫した肢体は、淫猥なまま覆われていく。 ほっそりとした身体に噛みつきたい衝動に駆られた。 浮き出た肩甲骨にがじりと噛みつきたい。 加虐趣味はない。 ただ征服欲は強いと思う。 襦袢を着て、うーんうーんと小さく呟きながら、 決まったのか淡い緑に白い花が描かれた着物を着つけ始めた。 あれは雛森お気に入りの着物のはずなので 今日はどこかに行くんだ、きっと。 帯を締め終えて、雛森は鏡台の前に座った。 小瓶やらなんやらが置かれている。 櫛で髪を梳かしながら、鏡を見つめている。 と、その時鏡の中で目があった。 振り向いた。 「・・おはよ」 「おう」 「いつから起きてたの?」 「お前が起きた時から」 「・・もしかして起こしちゃった?」 「いや。・・出掛けるのか?」 「うん。非番だから乱菊さんと新しい着物見に行くの」 「そうか」 「日番谷君は仕事だよね?」 「ああ」 「・・・まだ時間あるし、寝ててもいいよ。着替えたらご飯作るし」 「もう目が覚めた・・。っつーか、今日は冷えるな」 「日番谷君は寒いの得意でしょ?」 「いくら氷雪系でも寒ィもんは寒ィ」 「へんなの」 くすりと雛森が笑えば、思わず顔が緩んだ。 サラサラの髪が重力に従って落ちる。 雛森は髪を上げて一つに縛る。 外気に晒された項に喉元がごくりと鳴った。 「ねぇ」 「んぁ?」 生返事になってしまった。 「寝ぼけてる?」 「・・かもな」 「シロちゃんにしては珍しいね」 「シロちゃん言うな」 「・・良いでしょ?今は」 「・・・・うっせぇ、桃」 「えへへへへ・・」 頬を少し染めて、鏡ごしにこちらに笑いかけてきた。 どきりと高鳴った。 どれだけ口付けても どれだけ心で愛を叫んでも どれだけ身体を重ねても この高鳴りがこれからもずっと訪ればいい。 まどろみの中でそんなことを思った。 髪を一つの団子にして、簪を刺した。 あれはいつか俺がやったものだ。 「シロちゃん」 「あ?」 「似合う」 「・・・・おう」 「ありがと!」 こんな時間が好きだ。 誰も介入しない、この時間が。 白粉を顔に塗る。 頬紅を付ける。 薄化粧だが、どんどん女の色が増していく。 昨日、俺の下で乱れていたことを思い出した。 仕上げとばかりに、小さな紅入れを取り出した。 「なぁ」 「んー?」 「塗ってやろうか?」 「何を?」 「紅」 雛森は驚いたのか振り向いた。 少し考えて、紅入れを持った手をこちらに伸ばした。 「ちゃんと塗ってね!  紅がはみ出したりしたら、ダメなんだからね!」 「わかってる」 温もりが優しい布団の中をなんとか抜け出して、 寝巻きのままこちらを向いた雛森の前に座った。 紅入れを受け取って、一掬い。 指先を近付ける。 手先が狂わないように、自然と顔が唇に近づいた。 ふと、気付いた。 雛森の頬が赤い。 ・・っつーか。 「オイ」 「え、え!?」 「なんで目を瞑る必要がある?」 「え、瞑ってた?私」 「おお」 「えっと、その、なんていうか・・」 ニヤリと笑った。 「キスされると思ったか?」 思いっきり顔が赤くなった。 「う、うるさいよ!日番谷君のバカ!!」 「なんで俺がバカなんだよ。  お前が勝手に目ぇ瞑っただけだろ?」 「そそそうだけど!」 「ほら、動くな」 「う、うん」 紅を掬った指先を唇に寄せた。 同時に嫌がらせとばかり、顔をギリギリまで近付けた。 雛森は本当に恥ずかしいのか、 でも目を瞑れば馬鹿にされると思ってか、 蛸みたいに顔を赤くさせながらも必死に俺を見つめている。 昨日俺の下で喘いでた“女”は 今はただの“少女”にしか見えないのに。 指先を唇から遠ざけた。 雛森はそれを見て一瞬不思議そうな顔をしたが、 その後もっと瞳を見開いた。 俺は雛森の目を見ていたし、 雛森は俺を見つめていた。 距離0cmで、誰よりも近い場所で、今コイツを見つめてる。 紅が塗られていない唇を食んで、 舌先で唾液を塗る。 紅なんかよりお前はそっちの方が似合ってる。 だけど、それは俺の前だけでいい。 ほら、こんなに簡単に“女”の出来上がり。 熱っぽいため息の後に、 テラテラ光る唾液の乗った唇に 紅を塗った。 「なぁ」 「・・ん?」 「今日着物買ったら、俺のところに見せに来いよ?」 「・・・・・?いいけど・・?」 「その着物、丁寧に脱がせてやるから」 “女”のお前を知るのは俺だけでいい。 “男”の俺の知るのはお前だけでいい。 背徳を貪ろう。 子供の姿なんて仮だから。 薄っぺらい嘘なんて胃袋に収めて、 快楽と悦楽に落ちてしまえ。 野獣みたいなセックスをして、 恥じらいなんてドブに捨てて、 今度はお前の身体に紅を刻みつけるから。