(未来日雛)

ほら、こんなに冷たい



















































愛しい冷たさ





















































きっかけは休暇がとれたことだった。

春になり、桜の花が咲き乱れてる。

陽だまりは暖かい。


ふと小川のせせらぎが見たくなった。



森林の緑の間から

陽が差し込んで

キラキラと水面を乱反射する。



深い森の春の美しい小川を。

今なら川の周りには美しい花も咲いているだろう。



桜の花弁があしらわれた白の小袖に

帯を巻いて。

いつも一つにまとめる髪を下ろして、

薄化粧して。




なんだか心がわくわくした。



ただ子供の時にみた光景を久し振りに見えることが嬉しくて。



簡単なお弁当まで作ってしまった。





隊舎の自室を出て、流魂街へ向かう。

その時にふと肩を誰かに叩かれた。





振り向けば、自分より頭一つ分以上背の高い男の人。

白銀の髪が靡いてる。



「あれ、日番谷くん」

「よぉ」

「おはよ」

「どこ、行くんだ?」

「ん?えっとね、子供の時に遊んだ川、あるじゃない?

 今ならきっと景色も綺麗だから久し振りに行ってみようかなって」

「そうか」

「日番谷君も、もしかして非番?」

「ああ」

「それじゃあ気晴らしに一緒にいかない?

 最近デスクワークばっかりだったでしょ?

 たまには外の空気吸った方がいいよ」

「・・・・そうだな。用意してくる。ちょっと待ってろ」

「はーい」



暫くして、戻ってきた日番谷君と流魂街の森へ向かった。














子供のころに遊んだそこは

今も美しかった。

花々がたえない。

まるであの頃に戻ったみたいだと思った。








「変わらないね」

「ああ」







思わず、下駄と足袋を脱いで裸足になった。




「雛森?」




足早に小川に近づき

足をつけた。




ひんやりとした感触に少し震えた。






「まだ冷たい」

「何やってんだ、馬鹿」





苦笑いをすれば、彼が呆れたように見る。

でもその視線はどこか優しくて

とても安心するのだ。





「ねぇ、魚いるかな」

「いてもお前じゃ捕まえられねぇよ」

「嘘!あたし上手だったもん!」






そっと川面に手を伸ばした。

するとばしゃりと隣から音がした。






「つめてぇな」

「日番谷君も入ってきてるじゃない」

「空気読んでやったんだよ、察しろ」

「お気づかいどうもーっ」







軽口を叩いて、指先をもう一度伸ばした。

でも今度は身体が水面から離れた。


ふわりと浮かぶ。









「え!?」

「馬鹿、裾が濡れる」

「し、シロちゃんだって濡れてるよ!」

「お前なぁ・・。俺はいいんだよ・・。

 仮にも女なら気にしろ」







大きな腕に抱かれて

ひょいと草の上に連れていかれた。

ひやりとしていた足が太陽にあたって

温まっていく。








「天日干しだねー」

「雛森の天日干しか、まずそう」

「何ソレ!そういう意味じゃないもん」







晴天に浮かぶ太陽と流れる雲を見つめてた。

子供のころはこれくらいゆっくり時間が流れてたはずなのに。



世界はどうしてこんなに早く動いちゃうんだろうな。










「ねぇ」

「あ?」

「今日は、怒らないんだね」

「・・?」









「シロちゃん」










「・・・ああ」






おもいだしたように、生返事をした彼は付け足した。






「ここでは『シロちゃんと桃』でいたいんだろ」

「覚えててくれたんだね、その約束」

「・・・・」

「でもあたしのこと『桃』っては呼んでくれないんだね」





意地悪するつもりで言った。

草の上に二人で寝ころんでいて。

私は首を彼の方に傾けた。






彼は何も言わなかった。

ただただ空を見つめてた。






なんだかつまらなくて

なんだか苦しくて





視線を空に戻した。




時間は戻らないんだなって思った。












こんなに花も、川も、木も

変わらないのに











ふたりのすがたも

ふたりのかんけいも

ふたりのかんじょうも












こんなに変わってしまう










濡れた指先を太陽が温めてく。








ふと、光がさえぎられた。

日番谷君があたしを覗きこんでた。







「ん?何、どうしたの?」







碧の瞳が二つ見つめてる。

草の色よりもっともっと深い碧が。


お弁当が食べたいのかな、と思ったのだ。



























「桃」












































指先はまだ冷たさの残る指先に触れた。

唇は太陽の熱を吸って温まってる。




あたしの頭の中はただただ空っぽで

何も考えられなかった。

ただただ瞳を瞑り

ただただその唇を受け入れたのだ。



なんど繰り返しても

慣れないその行為を。

















太陽の熱が離れて、

瞼がもう一度彼をうつした時

もう一度指が冷たくなった。

でもそれは指先ではなく、指の付け根。

左手の 薬指の 指の付け根

































「これから、毎年一緒に見に来ねぇか」

























「ずっと 一緒に」




















































その時、あたしはただただ薬指にハマった銀のわっかの意味と

その言葉がプロポーズであることを知って

恥ずかしくて気を失いかけた。












































あたしはその日、世界にはこれだけ愛しい冷たさがあることを知ったのだった。