あそこに居れば、離れていてもアイツと繋がっている。 そんな気がしてたから。 橙の微笑み 「なんで、お前いつもここにいるんだ?」 その言葉に携帯の上を滑っていた右手親指が、軽快な動きを止めた。 まぁ、どうせ松本への連絡だったからどうでもいいと言えばどうでもいいんだが。 俺は視線を上げた。 斜め45° 視界に飛び込んだのは、橙。 朱でも赤でもない、 橙。 風の匂いがした。 「なんでだろうな」 その理由は知っている。 風の匂いに、彼女の声が聞こえた気がした。 彼女の笑い声が。 「懐かしいんだ」 フラッシュバックした、あの夕方。 夏の暑い暑い日。 二人で縁側に腰かけて。 彼女は学院が確か夏期休暇だったんだ。 で、たまたま帰ってきていて。 二人でスイカをかじりながら、 沈みゆく橙を見つめていた。 あの頃は時がゆっくり流れていた。 あの場所には二人しかいなかった。 二人だけの世界だった。 でも、それはいつしか変わっていった。 成長すればするほど、時間は早く流れた。 傍にいるはずなのに、距離はどんどん離れていった。 気付けば、絡んで握り締めていた彼女の細指は 俺の指から離れていた。 その指は血を纏い、 その胸には残酷な裏切りの烙印が押されていた。 まるで、永遠の服従の焼き印を心に押されたかのように。 でも、この橙は違う。 この橙を見ていれば変わらないモノがあることを信じられる。 例えこの世界がどんなに欲望と憎悪に満ちていても、 この橙はその色を変えない。 あの時と同じ優しさを含んでいる。 彼女の笑顔もそうだ。 俺の心の中であの瞬間は色褪せる事はない。 彼女と一緒に食べたスイカの味も。 今彼女は何処で何をしているのだろう。 願わくば、同じ橙色の空を眺めていれば。 泣いていなければいい。 だけど気丈に振る舞ってほしくはない。 いや、前言撤回。 泣いてもいい。 だけど、俺は傍にいれないから。 だから、頼む。 この橙に。 どうか彼女の涙を橙の熱で蒸発させてくれ。 俺が過去を回帰したって、何も変わらない。 それはただの現実逃避にすぎない。 傷はすぐには癒えないけれど、 橙色の空はアイツにこの思いだけでも伝えてくれそうな気がするから。 少しだけ、そこにいるガキにバレないように、俺は笑った。 楽観視してるわけじゃないけれど。 ただ、その橙色の塊は俺を苦笑しながら、 俺の要求に了承するかのように頷いた気がしたから。 『シロちゃんったら、スイカの種、頬っぺたに付いてるよ』 そう笑った彼女が、 橙が照らした彼女が、 風と橙の匂いのする彼女が、 温かな指先を持つ彼女が。 この世界でどこかで、同じ橙を見つめているなら。 俺も彼女も救われるかもしれないと思った。 俺はパチンと携帯を閉じた。 ガードレールを跨ぐ。 「明日は練習来いよ、冬獅郎!!」 『また、お休みの時にね。バイバイ、シロちゃん』 もう、バイバイなんて言わせない。 俺がその指を離さない。