「よぉ」


久し振りに聞いた声は

何故か心地よかった。

あれだけ、嫌いだったのに。



















































Goodbye,devil.

Hello and I love you,my devil.
























































放課後、なんとなく、屋上に来てみた。

夕焼け空。数か月後にはここからこの景色は見れないんだって。

凄く不思議だった。


毎日が過ぎ去って行った。

まるで風みたいだった。

人生で一番楽しい1年だった。




引退して、私は受験勉強に追われている。

あの一年が夢だったみたい。





髪が少し伸びた。

風にえりあしが靡いてる。

下を見れば、セナ達が部活してる。

嗚呼、私も去年はあの中にいたのにね。

少しだけ、少しだけ切なかった。







手を伸ばした。

届かない世界へ。








指先がセナの姿を覆った時だった。









「よぉ」







聞き慣れた声、

でも久し振りに聞く気がする。

私はゆっくり振りかえった。







「蛭魔君」

「なるほど、天才の姉崎さんは放課後受験勉強なんてしないでも

 大学にいけるってことなんですネ、ケケケ」

「そういう蛭魔君だって、ここにいるじゃない」




あの苛々する笑い方で蛭魔君は私の隣に来る。

屋上の柵にもたれかかってる。




妙な沈黙。

変なの、あの時はいっぱい話すことがあったのに。

変なの。




ちらりと一瞥すれば、蛭魔君も

ぼんやりとグランドを見てた。

そして、こちらの視線に気づいたのかニヤリと笑った。

私はなんだか苛々して、何よ、って言った。

別に、って返された。




「ねぇ」

「あ」

「蛭魔君は、大学行くの?」

「ああ」

「そう」

「大学でアメフト続ける。あのファッキンデブも、ジジイもな」

「そっか・・じゃあ皆また一緒なんだね。よかったじゃない」

「・・いや」

「え」




「俺達は全員別々の大学に行く」




思いもよらない言葉だった。

またあの幸せな日々が戻ると思ってた。

当然皆一緒で

当然私もそこにいたいって思ったのに。





「どうして!?」




私は思ったよりもぐって近づいて聞いてた。

左手は無意識に彼のシャツを引っ張ってた。





「・・離せよ」

「・・あ、ごめん」





蛭魔君は一つ息を吐いた。





「今まで同じチームだったやつと戦いたいって思うのは

 普通だろ」

「・・・そっか」




それもそうなんだよね。

皆いつまでも一緒にはいられないんだよね。

指先はゆっくりとシャツから離れていった。








だから、この宙ぶらりんな気持ちも忘れなきゃ。

なんて、馬鹿、私。







「・・テメェはどうするんだ」

「え?」

「大学、行くんだろうが」

「あ、う・・うん。

 先生がね、この成績ならもっと上も狙えるとか言ってくれてるんだけど。

 でも、私・・皆と同じ大学がいいって思ってる。

 もう一度、マネージャーしたいって、思ってる」

「ケッ、言ってろ」

「何ですって!」

「だいたい皆って、俺達別々の大学に行くっつてんだろ」

「・・・・・」

「テメェはもう泥門デビルバッツのマネージャーじゃねぇんだ。

 いつまでもセンチメンタルに浸ってんじゃねぇ」

「・・・っ、そんなことわかってるわよ、馬鹿!」

「ハイハイそうですネ。で、どこの大学行くんだテメェは」

「・・・・・・・」

「まさか『セナが心配だからセナと一緒の大学がいい』とか言うんじゃねぇだろうな。

 “まもり姉ちゃん”?」

「もう!セナのお姉ちゃんは卒業したわよ!それに・・セナがどこの大学行くかは

 セナの自由でしょ!」

「・・わかってんじゃねーか。

 テメェも俺達に関係なくテメェの行きてぇとこ行きやがれ」

「・・・・・・」

「俺が言いたいのはそれだけだ。じゃあな、姉崎」












あ、初めて、私の名前呼んだ。

そうだよね、もう、“クソマネ”じゃないんだもんね。

もう、こんな宙ぶらりんじゃ、駄目だもの。














「待って!」












右手を伸ばしてた。

ポケットに突っ込まれた左手を掴んでた。
















「私は、自分の行きたいところに行くわよ。

 自分の行きたいところに行ってしたいことするわよ!」
















「私、セナの“お姉ちゃん”は卒業したもの」











蛭魔君は黙って見下ろしてる。

私の顔、きっと赤いと思う。

でも、夕焼けが隠してくれてると思うから。











ね、もう宙ぶらりんじゃ駄目なんだよ。

もう誰かのためなんて言ってちゃ駄目なんだよ。

私が私のために、生きなくちゃ。



















「だから、私、大学に入って、アメフト部のマネージャーしたい」

「・・・・」

「私」
















「貴方と一緒の大学で、貴方のいるアメフト部のマネージャーがしたい」












「・・・・・・・・」









「わたし・・っ!だって!セナよりずっと、蛭魔君のこと心配なんだもの」

「・・・・ハァ?」

「だって、アメリカ合宿の時だって、アイシング適当にしてたでしょ!」

「・・・ふざけんな。テメェの世話になんなくても・・」




















































「蛭魔君の、マネージャーになりたいの」



















































少し崩れた、あのムカつく顔。

ちょっとしてやったりって思った。

でもこっちの方が赤いんだけど。




「蛭魔君のいる大学で、蛭魔君のいるアメフト部でマネージャーして、

 ライスボウル、一緒に狙いたい」

「・・・」

「私、ずっと蛭魔君に、蛭魔君だけに」














「クソマネって、言われたいから」











ああ、今気づいた。

私って告白したことなかった。

されたことはいっぱいあるけれど、

自分からしたことはなかった。



気づいたら、恥ずかしくて

なんだか涙が出てきた。

馬鹿みたい馬鹿みたい。

この男はこういうの嫌いだろうに。





「・・・・・自分で熱くなって、勝手に泣いてんじゃねぇ」

「・・煩いのよ!・・蛭魔君なんて・・・っ!」

「・・・・・・・・・・・」

「蛭魔君なんて、貴方なんて・・!大っっ」













思いきり、腕を引っ張ってやった。

そのまま少し背伸びして

キスした。





































「好きなのよ!仕方ないじゃない」


















































唇を片方の手で覆う。

嗚呼、心臓が早すぎて止まりそう。




下唇を噛んで、涙をこらえてる。

でも鼻がツンってして

涙が零れてきた。

顔は見ない。絶対見れない。

視線はコンクリートと4本の脚だけ見てる。




不意に手が振りほどかれた。

ああ、馬鹿みたい。

そんなの、当たり前なのに。

彼はこういうの嫌いなのに。

私の感情はきっと邪魔だったのに。




それでも、私はこうしたいから。

貴方は私がしたいことをしろっていうから。

だから、さっさと私に背中を向ければいいのよ。

同じ学校になんて来るなって言えばいいのよ。














なのに、なんでその手は私の頭におかれてるのよ。













驚いて、彼を見た。

いや、見ようとした。

途端に視界が手に塞がれた。










私は、そして、言うの。








その手を退けて頂戴って

言葉は出なかったけれど

柔らかい何かが唇に触れたから。







視界が戻って、やっと彼の顔が見れた。

いつものシタリ顔だった。







「俺はテメェのお節介なとこは嫌いじゃねぇ」





「・・・・・・・・」

「さっさと鞄取ってこい、クソマネ。

 言っとくが俺のマネージャーは楽じゃねぇぞ。

 覚悟するんだな、ケケケ」

「・・・うん」



















































「ちょっと!蛭魔君、上に私が乗ってるの忘れてたんじゃないの!」

「ケケケ。さっさと動け、クソマネ」



そして、私は、悪魔の司令塔様の専属マネージャーになってしまいましたとさ。

でもそれは、それは、私の幸せだから。



だからきっと今日も練習が終わったら、

貴方の家で、私の作ったご飯食べながらアメフトの試合見て、

お風呂入った後に敵チームの戦力分析して、

貴方の髪を拭きながら作戦を立てるのだ、一緒に。

そして、こっそり尖った耳にキスをして

「真面目に考えろ、クソマネ」って怒られて

暫くしたら、苦い顔してキスしてくるんだよね。



















嗚呼、なんて可愛い悪魔だこと。