素直になれない二人 仄かな憂いと溢れた愛情と そっと目を開ければ目の前にそいつはいた。 俺を見下ろしている。 「なんだ?」 「日番谷君、おはよ!」 「ああ・・・っていうか日番谷隊長だ」 自室の縁側で眠っていた俺の隣に そっと腰かけた雛森。 「・・・それ、どうした?」 「ん?これ?」 嬉しそうに差し出したのは 彼女が手に持っていた小さな手鏡。 朱色の生地に色とりどりの花が刺繍されている。 「乱菊さんがね、くれたの」 意外なことにそれをやったのは自分の副官らしい。 「『可愛すぎてあたしには似合わないから』って」 「乱菊さんが持ってても十分似合うのにねー」 それを見ながら、手櫛で髪を整えようとしている。 そういえば。 「お前は?」 「え?」 「非番なのか?」 「そうだよ、昨日言ったでしょ!もー」 「・・そうか」 「・・・うん」 小袖が風に揺れている。 髪はいつもと違って下ろされている。 黒髪が揺れている。 少しだけ甘い匂いがした。 そっと身体を起こした。 鼻先を雛森の首筋に寄せた。 「ひっ、日番谷君・・!!?」 「・・なんか甘い匂いがする」 「え、ええええっと・・・」 真っ赤になる雛森に尋ねれば。 「香水だって。乱菊さんがね、くれたの」 「秋だから、金木犀の匂いが人気なんだって」 なるほど。 この甘い匂いは金木犀の匂いか。 言われれば分かる気がする。 それにしても。 「お前さ」 「へ?」 「今日・・なんか張り切ってねぇ?  出かけるのか?」 次の瞬間雛森は顔色を変えた。 けれどすぐに笑って。 「ん・・えっと、ほら!  たまにはおしゃれしたい日だってあるし、ね!」 「・・・・そうなのか?」 「そうそう!あ、ごめん!私ちょっと部屋に戻るね」 「あ・・・ああ・・・」 雛森は笑いながら、部屋から出ていった。 俺はさっきの笑顔に違和感を感じながら 庭を見つめていた。 雛森はなんだか・・・綺麗になった気がする。 アイツの着ていた小袖は凄くあいつに似合っていた。 (そんなことは言えないのだけれど) アイツのつけていた香は優しかった。 (そんなことは言えないのだけれど) アイツの鏡は小袖とよく合っていた。 (そんなことは言えないのだけれど) そもそもあいつは何故今日あんなに 張り切っていたのだろうか。 『次の非番、一緒に出掛けようよ』 頭に一瞬響いた言葉にはっとした。 急いで立ち上がって、部屋を出た。 でも出た瞬間に気づく。 扉の横に小さく蹲ってる雛森に。 ぎゅっと膝を抱えて泣いていた。 「・・・雛森」 声をかければ 泣きはらした瞳が俺を見上げた。 「ごめん・・・・忘れてた」 俺が謝れば、そっと首を振った。 「違うよ・・だって・・私が悪いから・・・」 「日番谷くん・・ずっと忙しかったし・・・」 「久し振りの非番・・・だったのに」 「誘っちゃって・・・本当はゆっくりしたかったって」 「わかってるけど・・・っ」 雛森の隣に腰を下ろした。 「・・・ほんとはね」 「ああ」 「・・・乱菊さんじゃなくて・・私が選んだの」 「・・・」 「日番谷くんにね・・」 「褒めて貰いたかっただけなの」 「日番谷くん・・・そんなこと言わないって知ってるけど・・・」 手で顔を覆う仕草に愛しさが募る。 全部俺のためだったんって思うと 頬が緩む。 「・・泣き虫桃」 「・・シロちゃんのせいでしょ・・」 「・・・泣き虫桃なんて全然・・・・・可愛くねぇよ」 顔を押さえている手をそっと取った。 涙で濡れた掌を握りしめた。 「日番谷・・くん・・・」 「・・・・お前が泣き止んだら」 「・・・・・・・うん」 「その香と、小袖と、鏡に合う簪でも  買いに行こう」 きゅっと手を握り返して 雛森が肩にもたれかかってきた。 「・・・日番谷くん」 「・・・」 「だいすき」 「・・・・・・・・」 その言葉に、 その嬉しそうな声音に、 苦笑した。 「・・・・俺も」 結局のところ俺達は意地っ張りで どちらも素直になれなくて けれども愛しい 仄かに憂いを帯びた 愛情を持って 互いを愛していく