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だから貴方はあたしを手放せない。 『浄罪シニカリア』 冷たい夜。 冷たい。 北風だけがやけに元気。 ううん、あと月明かり。 満月は白く白く世界を照らしてる。 あたしはちょうど眠る直前で、髪は纏めて左肩に垂らして。 少し残っていた仕事をするため机に向かっていた。 火鉢と時計とあたしの呼吸だけが空気振動を支配する。 愛刀は隣で畳の上に佇んでいた。 手入れをそろそろしないと。 うん。 脳内で自己完結。 筆が止まった。 一瞬冷たい何かを感じた。 きっと霊圧。 勿論こんな夜更けにあたしを訪ねてくる人は少ないし、 更に隊長格の霊圧から誰かは直ぐにわかった。 よっこいしょ、っと年寄りみたい。 苦笑は微笑みに代わっていく。 だって貴方がいるもの。 ゆっくりと障子をあけた。 縁側には誰もいない。 北風、月光。 あたしは苦笑。 そして開口。 「寒いでしょ?お茶淹れるから、早く」 「…いつ、気づいた?」 やっと声が聞けた。 でも、貴方は姿を見せてくれないの。 でもとっても久しぶり。 顔が綻ぶ。 「さっき。ねぇ、早く。寒いよ、シロちゃん」 息が白い。 声が、 貴方の声が、 寒い気がした。 「声、聞きたかっただけだから。  おやすみ」 ガサリと音がした。 彼が立ち上がった音だろう。 あたしは知ってる。 彼が会いたくない理由を。 あたしは知ってる。 彼が何をしてきたのかを。 「待って」 「なんだ?」 出来るだけ、優しく。 貴方を傷付けないように。 「染みになるよ?」 「あ?」 「返り血。取ってあげるから、ね?」 彼が息を飲むのが聞こえた。 知ってるよ、その血が誰を切ったものかも。 軽い音と共に眼下に黒と赤、目の前に白と碧。 碧はいつもより深い気がした。 月光のせいかな? 「おかえり」 「…ただいま」 「お茶淹れるね。服も洗おうか」 「…ありがとう」 彼を招き入れると戸を閉めた。 「今お湯沸かしてくるから。  死覇装置いといて。…あ、血は乾いてる?」 「ああ」 「わかった、楽にしてて」 あたしは湯を沸かそうと自室の台所へ向かった。 ヤカンに水を入れ、火にかけた。 そのまま、戻ると彼は死覇装を脱ぎ、 白の長襦袢で火鉢にあたっていた。 血塗れの死覇装は彼の性格のせいか、綺麗に畳まれていた。 人を殺して返り血を浴びた死覇装が、 綺麗な物のように扱われるのはなんだか滑稽だった。 「お疲れ様」 「…ああ」 「大変だったね」 「……雛森」 「ん?」 「………何でもない」 「ふふっ……嘘つき」 あたしは彼に近づいた。 触れた彼の頬はまだ冷たくて、 あたしの指先から熱を奪っていく。 「どうしたい?」 「シロちゃんは今何がしたい?」 優しく優しく。 深い碧に囚われた。 かさついた彼の唇が痛々しかった。 「桃」 久しぶりだね、貴方が名前を呼んでくれるの。 あったかいなあ。 「なぁに?シロちゃん」 貴方のためなら何でもできるよ。 「何処にも行くな」 彼の二本の腕があたしを捕らえた。 そんな事しなくても既に貴方に囚われているのに。 でも 貴方がそれを望むなら、あたしは貴方の傍にいます。 「うん」 ふさふさの銀髪があたしの眼下にある。碧は今胸元におさまっている。 「桃」 「はい」 「俺は汚いか」 「自分の部下を殺したこの手は汚いか」 彼が罵った彼の手はあたしの腕を掴んでいた。 その爪には微かに血が付着している。 知ってたよ、貴方が同胞殺しをした部下を殺したことくらい。 知ってたよ、 貴方がどんなに冷徹に命令を遂行しても影で涙を堪えていることくらい。 優しいもの。 貴方は。 だからあたしは貴方の手を優しく包み込む。 血に濡れた指先を唇に寄せる。 小さな爪に口付ける。 「例えどれだけ汚れても、あたしが綺麗にするよ」 でも、そのあたしも汚れてるから無意味かな? そういって自嘲気味に苦笑したら、口付けられた。 彼の舌先があたしの歯列をわって、侵入する。 なんだか、侵食されてるみたいだと思った。 セックスが一つになれる行為ならば、 これも一つになるという点で同意義なのかと思った。 でもそれを肯定したら食人という行為も同意義? なんて馬鹿な事を虚ろな意識で考えてたら、唇が離れてた。 唾液が線を引く。 沈黙が二人を包んだ瞬間、ヤカンが断末魔を上げる。 「火事になっちゃう」 「そうだな」 立ち上がって台所へ向かう。台所への扉を開けると、 彼はあたしを呼び止めた。 「雛森」 「ん?」 「お前が掴んでろ」 「何を?」 「俺」 言ってる意味がわからなくて、 首をかしげると彼は切なそうに笑った。 「俺がどんだけ汚れてもお前んトコに真っ先に帰れるように」 「俺のココはお前が持っててくれ」 彼はそう言いながら、自分の胸に手をあてた。 その仕草にあたしは微笑む。 だって本当に滑稽だったの。 だって。 「馬鹿ね」 「貴方があたしを掴んで離そうとしないんでしょ?」 「もっとも」 あたしは翠に視線を合わせた。 断末魔はあたしたちと現実を必死に繋ぎとめる。 ああ、下界に落とされたアダムとイヴもきっとこんな気持ちだったのかしら。 世界と神に見捨てられて。 「あたしも貴方を掴んで離せないのだけれど」 蛇があたしを唆したから。 食べてしまえ、罪の果実を。 気づいてしまえと。 ああ、食べなきゃよかった。 何も知らなきゃよかった。 アダムとイヴは赤の果実を食べたから、天界から追放された。 貴方とあたしは緋の涙を舐めたから、楽園から追放された。 幼馴染みという楽園から。 彼は無言で断末魔を終了させて戻ってきた。 あとは堕ちるだけ。 人から獣に堕ちるだけ。 薄れゆく意識の中であたしは考えた。 あたしと一つになって、 あたしの上で獣になったアダムを見つめて考えた。 神様、神様。 どう頑張っても一つになれないのは、貴方が人に与えた罰の一つですか?と。 貴方の苦しみも悲しみも 爪も皮膚も思いも力も 全部全部あたしと一緒になれたらいいのに。