かわらない感情 かえられない関係 狂い落ちても、愛してるから 桃色フィトクロム 「あ」 間抜けな雛森の声に俺は振り返った。 どうせつまづいて転けたとかそういうレベルだと思って。 だけど振り向いた先にいたアイツはつっ立って、手に何か握っていた。 「どうしたんだ?」 「ねぇ、見て!」 微笑んで開いた掌の中には、一枚のさくらの花弁。 まだ肌寒い季節だ。 狂い咲きだろうか。 「綺麗だね」 「ああ」 捕まえた花弁に嬉しそうに雛森は目を細めた。 その姿に俺は息を飲んだ。 心拍数の上昇。顔に集中する熱。 「行くぞ」 「あ、うん」 そんな変化に気づかれないように、俺はまた前を向く。 そして歩を進める。 散歩に行こうといいだしたのは、雛森で。 二人とも残業帰りで。 正直面倒だった。 けれど雛森の 「今夜の満月、凄く綺麗でしょ?」 と微笑む姿に負けた。 全く俺はアイツに甘いと思う。 闇に二人の死覇装が溶けていく。 辺りを照らすのは小さな提灯と月光。 俺は雛森の前を歩いて、 雛森は俺の後ろを付いてくる。 何年も何年も変わらない。 ただ変わったのは二人ともあの頃より大人になったと言うことだけ。 静寂の中に足音だけが聞こえる。 春の夜の柔らかな風のにおいが鼻をかすめた。 闇がだいぶ濃くなってきた。 そろそろ日付がかわってしまう。 「おい、雛森。そろそろ帰・・・」 溜め息混じりに振り向くと 「雛森?」 そこには誰もいなかった。 ただ森の中を貫く一本道が提灯と月明かりに照らされ、ぼんやりうつるだけだ。 「おい、雛森!!!」 慌てて大きな声を出す。 深い闇に俺の声の振動が木霊する。 だけどアイツの姿はない。 声もしない。 けれど 「あ・・」 すこし遠くから感じる雛森の霊圧。 そちらへ進む。 どうやら森に入ったらしい。 ガサガサと草を掻き分けてく。 優しい霊圧がどんどん大きくなって、 アイツに近づいているのがわかる。 なんだか今の状況は俺の人生みたいだなって思った。 いつもどこかへふらりと行ってしまうアイツを追って。 近づく。 でも傍にいると思えばすぐにどこかへ行ってしまう。 そう自嘲した時、草木が途切れた。 そして、言葉を失った。 「・・・・・」 そこにあったのは巨大なさくらの木だった。 このまだ肌寒い季節に、満開の五つの花弁を纏い 美しく咲き誇っていた。 そして、月光はまるでそのさくらだけを照らすかのように 柔らかな輝きで早くに命を咲かせたそれを包んでいた。 きっと雛森が捕まえた花弁はコイツのひとひらなのだろう。 そして、アイツはその花弁を追ってここに来たんだろう。 「・・・っ」 ふいに強い風がふいた。 桃色の花弁の渦が包み込んだ。 思わず目を瞑る。 と同時に、首元に柔らかな感触があたる。 腕を目の前にかざし、ゆっくり目を開ける。 首元に当たっていたものを見つめた。 雛森の髪留めの紐と布だった。 「・・日番谷くん?」 心臓が止まった。 呼吸が途切れた。 世界が止まった。 翡翠の瞳がそれをみつめた。 全てを奪われた気がした。 桃色の風の中に、 柔らかな光に包まれて、黒髪をなびかせた 雛森がいた。 どこか不安げで、どこか切なそうな。 俺の知らない雛森桃がいた。 呆然と立ち竦む俺に近づいて、雛森は言った。 だけれど、それはもういつもの雛森桃で。 「あ、髪留め取れちゃったね。有難う。  ・・・日番谷君?」 「・・・あ、ああ」 その白い手に差し出した、髪留め。 雛森はそれを笑顔で受け取り、髪をくくりなおす。 いつの間に、あの黒糸はあんなに長くなったのだろうか。 「ひ、日番谷くん!?」 気づけば、右手がその一房に指を絡めていた。 心なしか雛森は驚いたようで、頬が赤い。 「あ・・わりぃ・・」 「べ、別にいいんだけど・・どうしたの?」 「・・・なんか、髪伸びたなって・・・」 「そう?・・切った方がいいかな?そろそろ」 「切るな」 「へ?」 不思議そうに首をかしげる雛森を見て、 自分が言った事の意味をかみ締めて。 そして、不意に恥ずかしさがこみあげる。 「き・・切らないほうがいいだろ」 「そう?」 「おお」 「じゃー伸ばすねー!」 よく理解はできなかったらしいが、納得したらしく、 先の俺のせいでくくるタイミングをなくしたのか、 髪留め握り、髪を下ろしたまま、 その場でクルクルまわりだした。 「なにしてんだよ」 「こーすると、あたしもさくらになったみたいでしょ!」 「お前の髪は黒だぞ」 「いいんですー!名前は『桃』だもん」 狂い咲きのさくらと共に雛森も狂ったのかと思った。 だけれど一番狂ったのは俺だと思う。 くるくるまわる、桃という花から目を離すことができないから。 きっと世界で一番綺麗な景色だと思ったのだから。 ふと思い出して悪態をついた。 「それよりお前、急にいなくなるのやめろ。  心配するだろうが」 雛森はまわるのをやめて ふわりと微笑んだ。 「だって日番谷くんはあたしがどこにいたって見つけてくれるでしょ?」 冷たい風にのった花びらが俺達を包んだ。 月光がその桃色を一つ一つ照らして。 反射して、それは輝く。 「・・・そうだな」 苦笑した。全くその通りだと思った。 「雛森」 「ん?」 そして、差し出す。 「帰ろう」 その手を。 「うん!」 指が絡まる。 伝わる互いの熱。 恋情が彼女と俺の普遍性を崩壊させるなら、 恋を愛に変えて、見守るだけでいい。 雛森がさくらの花弁なら 俺はそれを包む月光でいい。 『藍染隊長を助けてあげて・・・』 例え、そのさくらが 狂い咲きのさくらの花びらであったとしても。