なんで、そんな、泣きそうな顔をしてる?



















































恋する感度 1



















































いつも通りの日々がいつも通りに過ぎていった。

姉上が亡くなったあの日から

俺とチャイナはなんていうか更に仲良くなった。

仲良くなった?・・なんていうか、よくつるむようにはなった。

公園で殴り合いの喧嘩も日常茶飯事になってた。




でも、一ヶ月前、不思議なものを見た。



橋の上でいつもと違う、着物を着て、

俯くチャイナだった。

声をかけた時、何かに怯えたような瞳が

見えた。

そして、涙した。



でも、涙の理由は教えてくれなかった。

ただ、「笑って人を殺すやつにはなるナ」とだけ言って。




あれ以来、なんだか喧嘩もしなくなった。

というか向こうがしたくないようだった。

週3回は喧嘩をしていたのが週1回くらいになった。

その代わりあと2回は

二人で下らない話をすることが多くなった。



ドラマの再放送、

万事屋の仕事、

土方イジメの新しい方法、


下らないのにネタだけはつきなくて

下らないのに、話すだけで楽しくて、










年下なくせに

たまに見せる切なそうな顔に

胸を掴まれてるような感情に陥ることさえあった。










でも、知らないふりをしてた。

知っている必要もない。

その、感情の名前は二人にはいらないって、

そう、思ってた。



















































「あー、つまんねぇや。

 死ねィ、土方」

「ふざけんな、なんでテメェの娯楽のために

 俺が死ななきゃなんねぇんだ」

「それは俺が苛々するからでさァ」

「カルシウムが足りねぇんだよ」

「土方さんはコレステロールが多すぎなんでさァ」

「オイ、テメェ、どさくさに紛れてマヨネーズ侮辱しやがったな」

「マヨネーズなんて侮辱してないでさァ。俺が侮辱したのは土方のヤローでさァ」

「テメェェエエ!!!こら、総悟!」





いつものように見回りをしながら、土方を地道にいじめていた。

きっとこうすればいつかハゲるに違いないと信じながら。




空はムカつくぐらいの青空で。

手が届きそうなくらいに澄んでいた。

アイツの苦手な太陽は眩しくて

目がチカチカした。










そんな時だった。









あの番傘が見えたのは。




また下らねぇことしてるんだろうと思って、

近寄った。





「オイ」





振り返る。






















「・・何?」


















意外なことに別人だった。

その傘の下にいたのは

顔面に真白の包帯を巻いた男だった。

(声音から男ということがわかった)

俺はとっさに人違いしたことがなんだか恥ずかしかったが


「ああ、悪ィ。どうやら、人違いだったみたいでさァ」


そう謝った。


「そう?じゃあ」


その男は踵を返して、どこかへ行こうとしていたが

俺の隣からにゅっと出た手が肩を掴んだ。


男は不服そうな視線でもう一度振り返った。

男の肩を掴んでたのは土方さんだった。



「・・土方さん?」

「テメェ、なんか怪しいな。

 ちょっと来いや」


男は鋭い瞳で睨んだかと思えば

にこりと微笑んだ。


「どうして?俺の顔が怪しいって?

 この包帯?ああ、これは今日は日差しが強いからだよ」

「・・日差し?」

「ああ、傘で気づかない?俺は夜兎なんだよ。陽に弱いんだ。

 ・・・そうだ、お兄さん達はどうやらこの国のお巡りさんみたいだね」

「・・だったらどうした」

「俺、人を探してるんだ。確かこの辺に住んでるらしいんだけど。

 俺と同じ夜兎の女。桃色の髪に、青い目。頭に変な髪飾りつけてる

 頭も力も弱い女なんだけど、知らない?」



ソイツはにこりと笑みを浮かべながら首をかしげた。

俺はその特徴に該当する女が一人浮かんだ。

多分、土方コノヤローも。



「・・チャイナのことかィ?」

「・・チャイナ?そう呼ばれてるの?

 名前は『神楽』っていうんだけど」

「ああ、確かそんな名前だったねィ」

「ソイツ、どこにいるかわかる?」

「万事屋でさァ。この道を真っ直ぐ行って、右に曲がった通りの左手にあらァ」

「お巡りさん、有難う」


男はそれだけ言うと去ろうとした。

が。


「待ちな」

「・・・・・」

「あのチャイナ娘の知り合いかなんだかしらねぇが、

 とりあえず屯所まで来てもらおうか。

 天人なら、身分証明でも見してもらわねぇと

 おいそれと行ってもらっちゃ困る」


土方さんはそれだけいうと

男を職質にかけるために

連れていこうとした。



「それにお巡りさんじゃねぇ。

 俺達は武装警察真選組だ」

「・・・真選組・・。聞いたことあるよ」

「ほう、そりゃよかった。

 行くぞ、ほら」

「・・・困ったなぁ・・」




一瞬、死ぬそうなくらいの圧迫感を感じた。

否、何もされてはいない。

ただ、その笑顔に含まれた殺気に

感じたことのない恐怖を感じた。





「・・まだ真昼なのに」





「・・でも、正当防衛かなぁ・・」






俺達は柄に手を掛けた。

男はポケットから手を出した。

この男は・・ただ者じゃねぇ・・。



柄に汗が滲んだ時だった。






























「なーに、やってるネ!汚職警官共!」
































「・・・チャイナ?」


俺達の後ろには傘を差したチャイナが立っていた。


「こんな真昼間から何やってるネ」


男の口元が緩む。
















「神楽」















男がチャイナの名前を呼んだ。

チャイナはその男を見た。

一気に表情が変わっていく。




見たこともない表情に。




チャイナは一瞬何かを呟いて、

震える唇から言葉を紡いでた。













「・・・・なんで・・ここに・・いる・・アルか・・?」

「・・・お前に用があるんだよ」

「・・何の・・用ネ・・・」

「話がしたいんだよ」

「・・私は・・っ・・お前と話すことなんて・・ないアル・・・」

「・・・・・・俺はあるんだよ」










男は俺達の横を通って、チャイナの前に立った。

ゆっくりとその手がチャイナの頭にのった。


「こんな陽の下で立ち話するのも面倒だよ。

 どこか店に入らないか。涼しいとこ。

 驕ってやるから」


その男はもう一度チャイナの頭を撫ぜて、

唇を耳元に寄せて、何かを言った。












チャイナの顔色はみるみる青ざめた。

何かに恐怖するように

怯えた瞳で俺達を見つめてた。











その唇が動いた。










音は出てないけれども














に げ ろ












そう動いた気がした。








男は笑顔で振り向いて言った。


「と、いうことでさ、お巡りさん。

 俺、こいつの知り合いだからさ。

 行くねー。ばいばーい」

「知り合いって・・!」





「サドッ!」






切羽つまったような声で呼ばれた。

けれども、

チャイナは見たこともないような楽しそうな笑みを浮かべて、

その男の腕に抱きついた。







「・・・は?」

「コイツ、私の元彼アル!

 顔見せたくないのは、陽が辛いのとシャイボーイだからネ!

 久し振りにお茶奢らせてくださいって言ってるアル!

 だから、行くネ!じゃーな!仕事しろよ、汚職警官共ー」

「おい、コラ、チャイナ!!!?」






チャイナは男の手を握って、駈け出していった。







「・・・ったく・・、何なんでィ・・アレ」

「オイ、総悟」

「・・なんですかィ」

「アイツのあんな顔みたことあるか?お前」

「・・・ないですねィ・・。元彼とどういう別れ方したんでさァ」

「・・・信じてんのか」

「まさか。あのペチャパイに元彼がいるなら、そいつはただのポリゴンでさァ」

「・・ポリゴンに見えたか?」

「・・・違う意味でヤバいと思いますけどねィ」

「どういう意味だったんだ。あの『逃げろ』って」

「・・やっぱり『逃げろ』って言ってたんですか、アレ」

「・・つけるか?」





その時無線が鳴った。

近藤さんからで緊急招集だった。

俺達は腑に落ちないまま、屯所に帰還することになった。



















































久し振りに握った手。

大きかった。

少しだけ泣きたくなった。


番傘が二つ。

こんな晴れた日に。

手は繋がれていて、

男の顔は包帯で巻かれてる。

いやにも目立った。





「で、いつから、俺はシャイボーイのお前の元彼になったんだ?」

「・・そうしておいた方が捲きやすかったアル」

「お前は昔からそういうままごとは大好きだったね」

「・・・・・」

「ところで、いつまで仲良く恋人繋ぎしてたらいいのかな?

 神楽」

「・・アイツらが上手く捲けるまで」

「ねぇ、さっきからお前の傘、俺の傘にあたってるんだけど。

 なんなら俺の傘入る?昔みたいにさ」

「なんでいい歳して兄貴とあいあい傘しなきゃいけないね。ポリゴンアルか?」

「何ソレ。ところで、どこかいい店ないの?」

「・・・もうちょっと行ったとこにファミレスあるネ」

「じゃあそこで。もうくたくただ。全く、阿伏兎との大富豪に負けたせいだよ」

「あのおっさんとトランプで負けてここ来たアルか!!?」

「そうだよ。まさか俺が本当にお前に会うためだけに地球にくるわけないだろ。

 俺の大嫌いなビジネスのついで、だ」

「・・・吉原のことアルか?・・だったら・・」

「違う。アレに興味はないよ、俺は」

「じゃあ、どうして!」

「それも後で話してやるよ。キンキン煩いんだよ、お前は」



ぎゅうと痛いくらいに握られた。

私は顔をしかめた。



「さぁてと。もうお昼は食べたしなぁ・・。甘いもの食べたいな」

「・・私パフェがいいね。ちゃらついた甘いもの食べたい時間アル」

「じゃあ俺もパフェにしようかな」



手を引きずられながら、考えていた。

あの言葉は伝わったのだろうか。


































怖かったのだ。

この男が。

アイツの命を奪おうとしていたことが。




















































暗い記憶が過る、晴天の真昼の出来事だった。