苦しい、苦しい それが恋をするってこと メゾフォルテの感情戦線 ただ、それだけだった。 ただ、何も言わずに、 俺に背を向けたアイツの手を握っただけだった。 けれども 振り返ってこちらを向いた顔は 見たこともないくらい赤かったから。 指先は空気と同じくらい冷たかったから。 「・・何・・するネ」 リップクリームが塗られた唇が 言葉を紡いだ瞬間、塞いだ。 メンタムがスースーした。 離すと、ふるふると震えてた。 意外だった。 てっきり思いっきり打たれると思ってた。 ただただ、俺達は黙って向かい合ってた。 誰もいない教室は静まり返ってた。 数時間前の喧騒が嘘のように。 「チャイナ」 「・・私、お前なんて大っ嫌いネ」 拒絶。 そんなことわかってたはずなのに、 ぐさりと何かが刺さる音がした。 でも、それでも、それでも。 これだけは。 「それでも、お前が好きなんでさァ」 夕焼け・静まり返った教室・チクチク進む時計。 人指し指だけ絡まってる。 俺達の関係みたいだ。 先端部位で保ってる。 今にも外れてしまいそうな、それ。 「お前なんて・・大っ嫌いネ」 拒絶を紡ぐ。 震えるメンタム味のそれは 俺を拒絶してる。 あんなに柔らかいのに。 「お前なんて最低ネ」 「突然手、握ったと思ったら」 「・・・キス、するし」 「私の早弁、銀ちゃんにバラすし」 「タコ様ウィンナーに文句つけるし」 「大っ嫌いネ」 「大っ嫌いネ」 離れた。 微かに触れ合ってた人差し指の体温は離れていった。 「そうですかィ・・・」 けれども、今度は細い指が俺の手を掴んだ。 あの馬鹿力で。 ぎゅう、と。 「大っ嫌いネ」 「こんなにお前のこと、好きなのに、今まで気付かなかったお前なんて」 「大っ嫌い・・・に、なりたいのに・・っ」 「え」 真っ赤な頬が意味することなんてわかってたはずなのに。 唇から零れるのは言葉にならない声ばかり。 泣くなんて思わないだろう、普通。 瓶底眼鏡の向こうでは蒼の中から水がこぼれてる。 「・・チャ・・イナ・・」 ただ、できることは手を握りしめることだけ。 震えた指先を握ることだけ。 知らなかった。こんなに弱いものだなんて。 知らなかった。こんなに守りたくなるだなんて。 生唾を飲み込んで、呟いた。 「・・・・・神楽」 初めて、読んだ、名前。 視線がかち合った瞬間に、 掌じゃなく、体ごと抱き締めた。 チャイナの匂いがした。 甘い卵焼きと、安物のリンスインシャンプーの匂い。 でも、それでも、何でこんなに安心するのかわからない。 何が心にこんなに広がるのかわからない。 ただただ、メゾフォルテの感情は主題にむかうために クレッシェンドでアッチェレランドになるのだ。 まるでこの心音と同じように。 「俺の、彼女になったら」 「酢昆布一日一箱買ってやるぜィ」 本音をいつまで冗談に消えさせるのだろうか。 でもそれでも、嘘つきはお互い。 だから彼女も気づいてる。 「サド、お前、私の彼氏になったら」 「失敗したタコ様ウィンナー一日一本やるアル」 笑みがこぼれた。互いのぎこちなさに。 「うわ、何それ、タコじゃなくてイカなんじゃね」 「イカ様ウィンナー?そんなのイカは白いからウィンナーじゃできないね」 「足の数がイカの足の数だったらイカだろィ」 「イカとタコって足の本数違うアルカ?」 「あたりまえでィ」 「え、マジアルか!?」 「おお、マジでさぁ」 それでも、見つめあった瞬間に、口付けてしまうのは これが恋の交響曲だからである。 メゾフォルテの感情戦線。 僕らは愛という感情で ゆらりと戦って ゆらりと戦って 泣いて笑って 笑って泣いて 恋して愛してキスしてる。