ばかなことをしました。 ポイズン 「アンタ、バカか?」 ねぇ、その言葉ね、 江戸で流行ってたアニメの女の子のセリフに似てるよ。 そんなツッコミを頭の中で一瞬考えたけど、 それは言葉にならなかった。 長期任務から帰ってきて、 本艦で団長任務を補佐させていた阿伏兎に久しぶりにあった。 なんだかほわほわした。 無性に阿伏兎に抱きしめてもらいたくなって、 阿伏兎を抱きしめた。 仕事が終わってねぇ、とか アンタどさくさに紛れて書類踏んでる、とか うだうだ言われたけど。 でも、阿伏兎は俺が何も言わずそのままにしてたら、 何も言わずに抱きしめ返してきた。 「阿伏兎」 「あ?」 「セックスしたい」 「アンタ、俺のさっきの言葉聞いてなかっただろ、コラ」 書類があんだよ、と溜息混じりの声を遮って キスをした。 最初は軽く一回。 背伸びをして。 唇を離して、阿伏兎の目を見据えてもう一回。 今度は薄い上唇を唇で食む。 硬直した阿伏兎に、唇だけで笑って。 次は下唇を舐める。 三回目は、唇をギリギリまで阿伏兎の唇に近付けて。 「おれはしたいんだけど?」 溜息と一緒に厚い舌が入り込む。 阿伏兎を落とすのは最近なんだかちょろいなぁとか考えながら 阿伏兎の首元を緩めてやる。 互いの服を脱がしながら、ベッドにダイブ。 嗚呼、久しぶりのセックスだからかなぁ・・。 こんなに身体が 熱い。 結局朝まで互いの身体を貪って、 目が覚めて、今に至る。 ちなみに阿伏兎がさっきのセリフを発した理由は。 「38.5」 「あー、あれ熱だったんだ」 「気づけアホ」 「興奮してるのかと思ってた」 というわけで俺は今パジャマでベッドに横たわっている。 食欲はいつも通りあるのだが、 身体がだるい。 「取りあえず、今日は休め」 「そうするよ」 「なんか欲しいもんあったら呼べ」 「阿伏兎ぉー、俺阿伏兎の卵がゆが食べたい」 「アンタはばーちゃんか!さっき食っただろうが!」 「阿伏兎さーん、ご飯はまだかーい」 「黙って寝てろ!」 阿伏兎はぶつくさ文句を言いながら出て行った。 わかってる。なんだかんだで心配してくれてるって。 誰もいなくなった自室はなんだか広くて なんだか寂しく感じた。 それも全部、風邪のせいにした。 「神威」 呼んでる、呼んでる。 俺を、あの人が、呼んでる。 「行くのね?」 「ああ」 「そう。気をつけて行ってらっしゃい」 「・・・どうして?」 「・・?」 「どうして、何も、言わないんだよ」 「・・そうね」 「知ってるんだろ、全部。聞いたんだろ。 攻めればいい。憎めばいい。 死に行く母さんを見捨てて行く俺を罵ればいい」 「そうね」 「だったら!」 「それでも、愛してるもの」 あの人が、俺の手を握った。 俺の真っ赤な手を真っ白な手で覆った。 「その手はアンタの愛した男の腕をもぎ取った手だよ」 「そうね。そして、私の愛する息子の手よ」 「その手はアンタの愛する娘を殺そうとした手だよ」 「そうね。そして、私の愛する娘を愛し続けた手よ」 「追いつめて ごめんなさい」 「もう 楽になっていいから」 「皆、忘れなさい。それで貴方が幸せなら 私は貴方に忘れられたって構わないよ」 ほろりとこぼれた。 気づいたら、泣き声になってた。 「かあさん」 「なぁに」 「なんで 死ぬんだよ?」 「ごめんね」 「死なないでよ」 「ごめんなさい」 「生きてよ!生きてよ! 俺と神楽を愛してるなら生きてよ!」 「ごめんね」 「アンタの死に目から逃げる俺を罵ってよ!傷つけてよ!」 「いままで ありがとうね」 「ばいばい かむい あいしてるわ」 おれはあんたみたいにはならない あんたみたいにだれかをあいしたりはしない あんたみたいにべっどでしんだりしない あんたみたいにあんたみたいに やさしくならない なれない おれは しにたく ない 目が覚めたら、もう夜だった。 大粒の涙を溢してた。 急に涙が止まらなくなった。 あの優しい肌が恋しくなった。 かあさんかあさんかあさん。 もうかむいってよんでくれないね。 もうだきしめてもくれない。 かあさんのたまごがゆがたべたいよ。 かあさんかあさんかあさん。 「どうして しんじゃったの?」 不意に、ドアが開いた。 阿伏兎が御盆に乗せたたまご粥を持ってきた。 阿伏兎は俺の顔を見るなり、驚いたようだったが、 御盆をテーブルに置いて、俺のベッドに座った。 大きな掌が俺の額に触れた。 「少し下がったか。飯食ったら、薬飲めよ」 「・・うん」 「・・・どうした」 「怖い夢を見ただけ」 「そうか」 「うん」 「飯、食いますか?」 「・・・うん」 阿伏兎が御盆ごとこちらに持ってきた。 「ねぇ」 「あ?」 「・・食べさせてよ」 「・・・何、ガキみてぇなこと」 「・・お願い」 阿伏兎をじっと見つめると、 降参したのかベッドに座った阿伏兎は 御盆を膝の上に置いた。 湯気立つ御粥をレンゲで掬って、 口元に運んでくれた。 俺はそれを一口食べた。 「まずい」 「・・・すいません。作り直しましょうか?」 「ううん。・・・食べる。早く」 急かされた阿伏兎はもう一掬い。 「もっと、しょっぱいんだ」 「あ?」 「かあさんの、たまご粥は」 涙が頬を伝って、御粥の上に落ちる。 涙の塩味のせいか、少しだけかあさんの味に近づいた。 「これくらい、しょっぱくなくちゃ」 そう言って笑った。泣き笑いだったけど。 阿伏兎は何とも言えない顔をして、俺を見てた。 ねぇ、辛いのは俺なのに、お前まで辛い顔しないでよ。 「阿伏兎」 「・・・」 「俺、死にたくないなぁ」 「・・・」 「阿伏兎も、ダメだよ。俺に殺される以外で死んじゃ、だめ」 「これ以上、俺に卵粥作ってくれる人が少なくなるのは、嫌だよ」 「も一度、塩加減を教えなくちゃいけなくなるからさ」 頭をぎゅうと抱きしめられた。 「ああ、わかった」 「約束だよ」 「・・・アンタは、優しいな」 「お前だけだよ。俺にそんなこと言うの」 「アンタは優しさを捨ててるフリをしてるだけだろ。それくらい知ってる」 「・・・父親と妹を殺そうとしたのに?」 「母親を愛してたからだろ」 「・・・」 「俺も、アンタに愛されて、嬉しいですよ」 「・・・ありがと」 「こちらこそ、どうも」 母さんの卵粥より、阿伏兎の作る方がおいしいかもしれないなぁ。 そんなことをぼんやりと考えてみた。 だって、卵がふわふわなんだ。 愛情って、こんなに、嬉しいものだったんだなぁ。 大切にしなきゃ。 これ以上捨てないように。 忘れっぽい俺だから。 ねぇ、お前も卵粥くらい作れるようにならなきゃいけないよ。 ふりかけご飯とか卵かけご飯とか御茶漬けばっかりじゃダメなんだよ。 本当はお前の卵粥だって食べたいんだからさ。 例え、それらが俺を弱くしていく毒であったとしても。