(乙女にょた神威) それは血の赤にも匂いにも劣るけれども 愛しさを感じる rosey 「あ」 家から持ってきた荷物を久し振りに整理してた。 鞄の横のポケットを開けて、それは出てきた。 掴んだそれは一枚の栞。 深紅の花弁の押し花が入ってる。 「・・・女々しいなぁ、俺も」 ぽつりと呟いた。 随分昔の話。 それはまだ神楽が生まれる前の話。 俺がずっと幼くて まだ“女の子”だった頃の話。 その子はあのじめじめした所にやってきた。 見たことない子だった。 かなり歳が離れていたと思う。 俺は当時4歳くらい。彼は身体もそこそこ大きかった。 ただ表情も瞳の色も髪の色の声の高さも覚えていないけれど。 俺が一人でぽつりと佇んでいると、 突然話しかけてきた。 「これ、やるよ」 差しだしてきたのは一輪の花。 見たことない花だった。 深紅の花。血みたいだ、って思った。 「・・・どうして?」 俺は聞いた。だって知らない女に花を渡すなんて 意味がわからない。あの時はそう思ったから。 「いつかわかるから」 「ふーん」 「でも、茎には棘があるから、花だけやる」 そう言って彼は花の部分だけ俺にくれた。 手にのせてくれるのかと思ったら 彼は私の耳に花を掛けた。 「じゃあな」 彼はすぐに消えた。 俺はよくわからずに首をかしげた。 まぁ貰えるものは貰っておけ。 そう思って帰ることにする。 でもその花がもの珍しくて嬉しくて 傘をくるくる回して帰った。 花を見て母はどうしたの?と聞いた。 俺は「知らない男の子がくれた」と言った。 母は「まぁ」と嬉しそうに笑った。 父は絶叫した。 その後彼とは一度も会ってない。 俺はその花が嬉しくて 活けて毎日眺めてた。 でもやがて花弁は一枚一枚落ちていく。 枯れていく。 母にどうしたらいいのかと泣きつけば 押し花にして残したらいいと言う。 母と二人で作ったのがあの栞だった。 あの花の名前と その花の意味を知ったのはあれから少し経ってからだったけれど あの栞だけは、父親の左腕をもぎ取った後も 何故か捨てることができなかった。 でも、もういらないや。 ごみ箱に勢いをつけて投げ入れた。 団長の部屋に入ると 団長は部屋を思いきり散らかしたまま 爆睡していた。 「・・誰が片付けるんだよ、すっとこどっこい」 菓子のごみやらなんやらを拾って ごみ箱へ持っていく。 だがその中にあるものを見て動作が止まった。 昼寝から起きた。 そろそろこの星から出発する時間だ。 任務に出した部隊も戻ってきてるはずだ。 ・・・阿伏兎、どこだろ。 目を二回擦って、きょろきょろと見渡す。 とりあえず阿伏兎の部屋に歩を進めた。 コンコンと部屋のノックを鳴らせば 「開いてるぞ」 と聞こえたので、入る。 「団長?」 「うん、おはよう」 「今おはようの時間じゃないですからね。  仕事してくれませんかね」 「阿伏兎、俺の部屋片付けてくれた?」 「ああ。もうちょっと綺麗にしたらどうなんだよ」 「片付けてたんだよ、いろいろ」 「俺には散らかしたようにしか見えませんでしたが?」 ベッドに腰を掛けて、机に向かう阿伏兎の背中を眺めてみる。 そのまま寝ころんでみる。 阿伏兎の匂いがする。すんと枕に顔を埋めた。 ああ、ちょっとだけ切なくなった。 「おっさん臭い」 「うるせぇ」 視線を窓際に向ければ。 「何アレ、キモッ」 「は?」 阿伏兎は訝しげに振り返って 俺の見ていた方向を見る。 視線の先には窓際の花瓶。 中に活けてるのは一本の薔薇。 「お前これ買って帰ってきたの?  ちょっと、キモい・・引く・・」 「あーあー俺もキモいって思ってますよ。  自分でも。追い打ちかけないでください」 阿伏兎はブチブチ文句を言いながら 花瓶のところへ歩いていく。 そのまま花を根元からブチリと契った。 俺は首を傾げた。 「あの栞、いらねぇのか」 ぽつりと呟いた言葉に視線をあげる。 阿伏兎は溜息をつきながら 隣に座った。 「いらない」 「じゃあなんで持ってきたんだよ」 「・・・女々しかったんだよ、あの時は」 「父親殺そうとした女が女々しかったねぇ・・」 「うっさい」 俺は膝を抱えた。 阿伏兎はただ隣で座ってるだけ。 こういう沈黙は嫌いじゃない。 「・・恋じゃなかったと思うんだ、きっと」 「あ?」 「ただ、嬉しかったんだ。男の子にそういう目で見られたことが」 「ふーん」 「だって俺」 「可愛くなんてないだろ?」 昔からそうだった。 スカートは穿いてても 男まさりで、気づいたらずっとズボンで。 女扱いされるのも大嫌いだし あのハゲの代わりに母さんと神楽を守るのに必死で 力がほしくて、女はいらなくて 男になりたかった。 胸なんていらない ならば潰せばいい 高い声なんていらない ならば低くすればいい そうやって自分を“作る”ことに必死だったから。 暫く黙ってた阿伏兎が不意に口を開いた。 「なぁ、団長」 「ん」 「これ、やる」 真っ赤な薔薇の花を差し出した。 「・・どうして?」 俺は尋ねたあの日と同じように。 阿伏兎は苦笑いを一つ零して、 俺の髪紐を解いた。 あの人と同じように俺の髪に それをかけた。 「アンタ、もうその意味知ってるんだろ」 ああ、記憶が透明になってくよ。 ああ、あの人も亜麻色のボサボサの髪だった。 たしか一つに纏めてた。 まだ髭だって、そんなに生えてなかったのにね。 俺達はどうして大人になっちゃうんだろうね。 「団長」 「・・なんだよ」 「顔赤いぞ」 「・・・・・・・・・ばかだろ、お前。恥ずかしくないの」 「恥ずかしいに決まってんだろ」 腰を掴まれたと気づいた瞬間にはもう膝に乗せられてる。 視線が絡まるのは、なんだか気恥ずかしい。 「・・こっち見んな」 「・・・アンタさ」 「・・・・・・・・」 「可愛いですよ」 「・・・・っ・・お世辞なんてできるようになったんだ、阿伏兎」 「そんな器用なこと俺ができるとでも?」 「・・・・・・・ロリコン」 「・・う・・・」 頬が熱い熱い熱い。 人を殺した時とは違う熱さがする。 腰に手をまわされた。 頬に触れられた。 「薔薇は・・・嫌いじゃない」 「そうか」 「あんなに綺麗な赫であんなにいい匂いをさせてる。  まるで血みたいだから」 「アンタらしいな」 頬に触れられてた手が 顎を掴んだ。 くいと上を向かされる。 優しい瞳が見下ろしてきた。 「・・・アンタはちゃんと女の子ですよ、今も昔も」 「・・・うん」 「・・なんつーか・・その、な・・。  無理矢理いろんなものを封じ込める必要はねぇよ」 「・・・・・うん」 「でも、自分がそうしたいって思うんだったら」 「・・・・・」 「俺の前だけ、女になったらいい」 唇に体温が触れた。 ちろりと舌で唇を舐められた。 頭のどこかで思う。 嗚呼、レモンの味って嘘じゃないか。 っていうか俺レモン食べたことないよ。 あれ、なんだよ、この気持ち ボタボタと涙が零れおちた。 「あ・・・れ?」 「・・・団長?」 「・・何・・これ・・・?」 「・・・オイ」 「わけ・・わかんない・・・っ・・」 嬉しかったんだ、キスされたこと。 嬉しかったんだ、可愛いって言われたこと。 嬉しかったんだ、嬉しかったんだ。 お前が俺を見てくれたこと。 俺忘れてたんだ。 俺を作ることに必死で 俺は、俺は、必死だったから。 「・・大丈夫か」 「・・ん・・・」 涙を拭う親指が愛おしいと感じてしまったから もう俺は負けちゃったんだ。 お前に負けちゃったんだ。 「阿伏兎」 「あ?」 「やっぱり 恋 してたのかもしれない」 ああ、薔薇のとげに刺さったみたいなんだ。 さっきからチクチク痛いんだよ。 もう心臓に到達しちゃったのかもね。 「ああ」 神様、俺は笑えてますか。 罪深い俺を愛してくれる人は 世界にこの人だけでいいから、どうか。 これ以上私を弱くしないでね