(にょたかむ)


毎日世界をルーチンして

それでいいんだって思ってた



















































ルーチン



















































毎日をルーチンで過ごしてる。

朝起きて適当に朝飯を食べて、

満員電車に揺られる。

会社で仕事して

近くの公園でホカ弁を掻きこむ。

また仕事して、コーヒーと煙草を多量摂取して。

帰って安くてボロい居酒屋で一杯やって寝る。

毎日ルーチンしてる。皆同じ。

おかげで婚期なんて逃した。

昔は女遊びもやったことがあったし

彼女がいたこともあったが

最近はもういいとすら思ってる。

男として悲しいことこの上ない。



俺の嫌いな日は休日である。

ルーチンが崩壊する日。

とりあえず洗濯と掃除をして。

パソコンで外貨変動見るくらい。

その日も休日だった。



昼前までにそれを済ませてしまった俺は

ぼんやり煙草を吸っていたが

煙草も切れてしまった。





近くのコンビニまで歩く。

最近は地球温暖化のせいか

五月中頃でも陽がきつい。

ラークと昼飯のカップラーメンをレジに出して

真白のビニル袋を手に帰る。




マンションのエレベーターが7階をさして

チンと鳴る。

すれ違ったのは引っ越し会社の制服のにーちゃん。

この暑い日に御苦労なこった。

そう思いつつ、自宅の前で鍵を出して開けようとした時だった。



エレベーターから妙なものが降りてきた。

段ボールが二つ。そこからジーンズをはいた足が生えている。



と思ったら段ボール二つ抱えた人間だった。



俺の部屋の隣のドアの前に段ボールを置いた。




桃色の髪をした女の子だった。

耳のしたで髪を二つにくくっている。

目の色は藍。

ストライプのポロシャツにローライズのジーンズに

スニーカーのラフな格好。

少し化粧っ気があるところから大学生ってとこか。

少女は俺に気づいて、笑って会釈した。

俺も軽く会釈をして、部屋に入る。




否、入ろうとした。




「おじさん」

「あ?」

「お隣さん?」

「そうだな」

「暇?」

「・・・は?」

「荷物。一応全部運んだんだけどさ、家具とか置くの

 俺一人じゃしんどいからさ。手伝ってくんない?」



今日の予定は勿論ない。

がっつり暇だったし

まぁいいかと思い、首を縦に振った。





少女は神威と言うらしい。

女の子のくせに男のようなものいいをし

一人称も俺だった。



「じょーちゃん」

「んー?」

「この棚はどこに置くんだ?」

「それは部屋の奥・・・、あ、ちょっと待って!

 先にベッド入れるから!」



そんなこんなで世間話をしながら引っ越しを手伝ってやった。

神威という彼女は近所の大学2年生らしい。

このマンションの方が通学に便利だと引っ越したのだという。

家族は遠方に住んでいて、一人で引っ越しするはめになったそうだ。



と家具の配置やらなんやら手伝って、陽はかなり暮れてしまっていた。


「有難う、おじさん。助かったよ」

「おじさんっていう年でもないんですけどね」

「んー・・じゃあなんて呼んだらいい?」

「・・阿伏兎」

「あぶと?変な名前」

「初対面の人間に変な名前はねぇだろ」


そう言うと、彼女は無邪気に笑った。


「ねぇ、阿伏兎?」

「あ?」

「阿伏兎は一人暮らしなの?彼女は?」

「このおじさんにいるように見えるか?」

「見えない」

「だろ?見かけどおりだよ」

「じゃあさ」

「あ?」

「晩御飯くらい奢るよ。何がいい?

 その代わり買出し付き合ってくんない?」






その言葉につられて、近くのショッピングセンターに行くことになった。

車に乗せてやれば、上機嫌になった。


「俺ねー男の人の運転で助手席乗るの初めてなんだよねー。

 あ、オヤジとか抜きで」

「アンタこそ彼氏とかいないのか?」

「あんまりそういうの興味ないんだよねー。

 付き合ったことがないわけじゃないけど」




食品コーナーで籠を持って、彼女と話しながら気がついた。

そういえば、誰かと休日に話すのは久し振りだと。

このショッピングセンターも随分来ていなかった。


しかも、一緒に来た人間は初対面の自分と十は離れてそうな女。

でもソイツは無邪気に笑いながら、晩飯のメニューを考えている。

なんだか現実味がなかった。

久し振りにルーチンから逸れた行動をしているせいだろうか。





「阿伏兎?どうしたの?もしかして、疲れた?」

「あ?いや・・別に・・」





と彼女に付き合っていたら

気づいたら晩飯の買出しは終わっていた。

今は女物の入ったことないような店に

引っ張られて入っている。

はっきり言ってもう目立つことこの上ないので

意識を明後日の方向へ飛ばしていた。




「ごっめんねー・・。さすがにおじさんには居づらい店だよね。

 後清算するだけだからさ。ちょっとそこのベンチで休んでてよ」



彼女は清算しようとレジへ向かう。

その手にはスカートやらパンプスやらが数個握られている。

言われた通りベンチに向かおうとして

彼女をちらりと見た。

レジで、金額を見て一瞬固まって

財布の札入れを見て固まって



どれをあきらめるか考えていた。



俺は溜息をついた。






「すい・・・ません・・この・・パンプス諦め・・」

「いくらだ?」

「・・阿伏兎?」



腰から財布を抜いて、カードを渡す。



「え、ちょ、え・・悪いって」

「別に使う金も対してねぇから」

「・・今度返すよ」

「いらねぇよ」



神威は少し複雑そうな顔をしたが

暫くして笑った。


「・・ありがと」

「おう」










神威の部屋で

ぼんやり煙草を吸っていた。




ローテーブルの上には

次々にサラダやちょっとした摘まみや

おいしそうなものが並べられていく。

最後にビールと缶チューハイが置かれた。




「今日はありがとう、阿伏兎」

「・・どうも」

「はい、乾杯」

「・・乾杯」



缶と缶が触れ合う。

運動した後のビールはうまかった。








「うまい」

「ホント?ありがと」

「料理するのか?」

「うん。ウチ、母さんが小さい頃に死んじゃってさ。

 俺長女だったし、家事は昔からやってたよ」

「・・そうか。・・なんか悪いこと聞いたな」

「ううんー。別に!あ、俺最後のコロッケ食べていい?」

「あ?・・・おう」






すさまじい食欲を見せつけられつつも

俺も彼女の作ったものを食べていく。




「阿伏兎は料理しないのー?」

「ああ。あんまり得意じゃねぇな」

「じゃあ食べに来る?」

「は?」



突然の申し出に驚いた。



「ご飯。食費半分出すなら作るよ?」

「・・いいのか?」

「うん。別に一人も二人も変わらないし。

 それに」

「・・?」














「一人より二人で食べた方がおいしいだろ?」

















これが2か月前の話。

で、現在。
















俺のルーチンは大きく変動した。

朝、起きて眠る神威を電話で起こす。

身支度をして彼女の部屋で

彼女の作った朝飯を食べて

出勤する。

弁当はホカ弁から手作りに昇格した。

夜は真っ直ぐ家に帰り

彼女の飯を食べ、風呂に入り

眠る。












そんな日々が続いていた。

そして、今日。

彼女はいつも通り食卓で

学校の話やら芸能人の話やら

なんやらを話して。

最後に言った。








「今日俺告白されちゃったよ」

「ふーん」

「でも、好きな人いるから断っちゃった」

「彼氏とか興味ないんじゃなかったのか?」

「うん。でも、阿伏兎は好き」









口に入ってたそうめんを思いっきりむせた。







「大丈夫?」

「・・・お前こそ大丈夫か?」

「何が?」

「俺、いい歳したオッサンだぞ?」

「うん」

「こんなオッサンの何がいいんだよ」

「そんなの知らないよ」





そう言いながらいつもと同じ表情で

そうめんの束をつゆに入れる。




「でも阿伏兎じゃなきゃ嫌なんだ。

 阿伏兎とキスもしたいし、えっちもしたい」




ずるずると麺を啜りながらとんでもないことをいう。

俺は更に盛大にむせた。


「オッサンからかって楽しいか?」

「楽しいよ」


ニコリと笑顔を見せた。

俺はようやく嘘だったと気づき

安堵のため息をつく。





「お前なぁ」

「でも」





「阿伏兎をからかうのは楽しいけど」



























「今の嘘じゃないからね」




























その瞳は真っ直ぐ俺を見つめていた。

紅い唇につるりとそうめんが飲みこまれたのを見た。

彼女は手を合わせて「ごちそうさま」と呟くと

自室に行こうとした。

そして気づいた。

ああ、その服、初めて会った時に

買ってやった服じゃねぇか。





「待て」




細い手首を掴めば

青い丸い瞳が俺を見つめてる。

どう言ったらいいかわからない。

ただ、わかることはあった。





彼女は俺の退屈なルーチンを

今のルーチンにしてくれる。

そして俺はこれに安心し

これを手放したくない。

このルーチンを?



いや、彼女を。





そして、俺は更に上級のルーチンを望んでる。




でもおっさんという生き物はとても不器用で

どんな言葉も安っぽく聞こえるのだ。




「何?」

「えー・・とだな・・その・・俺は・・・」





次の瞬間顔が近付いた。

至近距離で見つめられる。







彼女の唇が紡いだ言葉は知らない言葉。































わたしのこと あいしてくれる?





































ただ首を縦に振り、その唇をむさぼった。


















































俺のルーチンに

キスとセックスが加わった日だった。