それは俺達を一番死に近づけるのに

麻薬みたいに衝動だけを掻きたてて


























































紗赦 ―さしゃ―



















































たまに、そう、たまに。

たまらなく、人恋しくなる。

たまらなく、泣きたくなる。



それは、阿伏兎の作ったオムライスに

ケチャップで自分の名前を書いて

スプーンで玉子の上に薄く伸ばした瞬間だったり。


それは、阿伏兎が洗濯乾燥機に入れて乾いた

自分の着替えを取りだす瞬間だったり。


それは、眠る前に宇宙の星を視界の端に入れて

無機質な天井を見上げる瞬間だったり。



それは突然なのだ。



そして、今の俺はその状態なのだ。



阿伏兎がサインしろと言った書類に

自分の名前をひたすら書いて。

名前の書いていない紙がなくなって。

別の書類を作成している阿伏兎の背中を見たら

急にそういう気分になった。



机から立ち上がって、ソファーに座って

テーブルで仕事をこなす阿伏兎の隣に座ってみた。



「終わったんですか?」



書類に筆を滑らせながら問いかけてくる。

俺は無くなった左手の切断面に掌を押しあててみた。

冷たい。あったかいのに、冷たい。



「・・邪魔しないで下さい」



そう言われたので、黙って手を離した。

手を膝の上に置いて、

そのままそっと阿伏兎の左肩にもたれてみた。

瞼を閉じる。


真っ暗真っ暗。

だけど阿伏兎の匂いがする。



「あ ぶ と」



微かに聞こえるくらいの小さな声で呼んでみた。



「あ」


「ぶ」


「と」






























「寂しいかもしれない」




































声が震えてた 少しだけ。


ゆっくり瞼を開けたら

驚いた顔で阿伏兎が見下ろしていた。



「・・・・アンタらしくねぇな」

「・・俺らしさって何?」



気になったから聞いてみた。



「傍若無人で、我が道まっしぐら精神」

「・・そうなんだ」



そのまま首筋まで擦り寄っていく。

頬ずりしたら髭がチクチクした。



そしたら、上から一つ溜息が聞こえて

筆がコトリと置かれた。


右手が俺の方に迫ってきて

脇の下にくぐって、ぐいって引っ張られた。

膝にすわった。

大きな掌が頬を一つ撫ぜた。



「アンタ、髭ねぇの?」

「あんまり、ない」

「うらやましい限りだな」



上唇を食めば、頭を撫ぜながら

キスを一つされた。



「あぶとあぶとあぶと」



俺 おかしいんだ

お前の名前 呼ばなきゃ

おかしくなっちゃう気がするんだ

俺が俺が

俺じゃなくなっちゃって

ああ なんだろ これ




「なんすかね」




「呼んでみただけ」




あぶとあぶとあぶと




俺が俺じゃなくなっちゃう気がするんだ。

爪の先から細胞が分裂して

俺がバラバラになっちゃう気がするんだ。





「あぶとあぶと」

「・・・・・・・・・」





お前はうっとおしそうな顔をした振りをしてるだけって

ちゃんと知ってるよ

だってその大きな手は俺を抱き締めたままだからさ






「俺 おかしいんだ」

「元々だろ」

「俺 俺じゃなくなっちゃう」

「・・・」



「きっと 俺 お前がいないくても 生きていけるよ」


「お前のことだって このまま殺すことだってできるよ」



「でも それをしたら きっと俺」







「俺じゃなくなっちゃう気がするんだ」









「でもこのままでも俺じゃなくなっちゃう気がするんだ」









「弱いなぁ 俺」

「本当はさ、誰よりも脆弱な魂は俺だって」


「知ってるのにさぁ・・・」




顔を埋めて隠した。

鼻がツンとしてきたから。





「なぁ、阿伏兎 言ってよ」

「『団長 気持ち悪いです』って」

「『そんな泣きごと言うアンタ見てると苛々するから消えろ』って」

「そう言ってくれよ」





「団長」



















もう俺 お前に































「アンタはそのままでいてくれよ」



















































囚われて動けないのに































「アンタのそういう 大人でも子供でもないところが

 凄く人間らしくて 俺は好きですよ」



















































お前は真綿みたいな愛情で俺を締めつけていくんだ。


















































「・・・俺は お前の そういうイジワルなところが 嫌いだ」









































お前は 俺をガキ扱いするわけでもなく

かと言って大人扱いするわけでもなく

上司扱いも適当でさ。



そうやってお前は

お前は その愛情で 



真綿の愛情で

俺の狂気を絞め殺していくんだ。






でも お前の その真綿の鎖で絞め殺されるなら

殺されてもいいよ

心地よい死なんだろうね

でも俺が死ぬ時は お前も死ぬ時なんだよ






お前が俺を真綿の鎖で絞め殺す日

俺はお前を真綿の鎖で絞め殺してあげる。

お前の狂気を絞め殺してあげる。




















































そんな 俺達は きっと月になんていけやしないけれど。