堕ちる瞬間は狂気するものだ。 ultramarine 真っ赤な舌先が唇をなぞる。 かさついた唇を。 下唇をなぞり、上唇をなぞる。 捲れた皮を白い歯で挟みひきはがす。 滴る血液。 肉体から剥がれたそれを 目の前の男はごくりと飲みこんだ。 「汚い」 「阿伏兎を食べちゃったね」 唇の皮の残骸を飲みこまれたぐらいで 『食べた』なんて表現されるのはたまったもんじゃない。 滴る血液を啜ってく。 ぴょこぴょこ動くアホ毛に苦笑する。 揺れるおさげのゴムを引っ張れば 桃色の髪が散らばった。 「なに?」 邪魔されたのが御立腹なのか 怪訝そうな顔で睨む。 深い深い群青の瞳。 狂気しか孕んでいない。 その目玉を咀嚼したら その群青は零れるのだろうか。 それはどんな味がするんだろうか。 この獣が好きな血の味なのだろうか。 「なんでもねぇよ」 「じゃあ、なんで髪、ほどいたのさ。うっとおしいんだけど」 「そっちの方がそそるんだよ」 「女に見えるって?」 「多少は」 「キモい」 「どうも」 書類を片づけていたら、これだ。 誰のせいでこんなに紙ばっか溜まってくと思ってんだ。 反比例で減ってくのは俺の休み。 海賊にだって有給ぐらい存在するんだぞ、チクショー。 「団長」 「ん」 「俺、まだ仕事が残ってるんですがね」 「あっ、そう」 「・・・退けよ」 「い・や」 「可愛く言っても無駄だっての、このすっとこどっこい!」 唇をなぞってた舌先はするりと落ちていく。 首元が擽ったいと感じた時には 既に噛みつかれていた。 ただ、それはいつもの凶暴なものと違い 獰猛な野獣がじゃれるような、 甘噛みであったが。 はむはむと音が聞こえてきそうな 甘噛みの様子は 散らばった桃色の髪によって隠されてる。 それをぽんぽんと撫でてみれば 狂気の瞳が俺を見つめてた。 「撫でて」 「へいへい」 何度もその髪を撫ぜる。 それが嬉しかったのか 顔だけ愛玩動物のそれは ぺろぺろと頬を舐める。 「団長、くすぐってぇ」 「阿伏兎、髭ちゃんと剃ってる?」 「俺はすぐに生えるんですよ」 文句を一つ零せば 唇を吸われた。 ちうと音を一つ立てて。 いきなりの事に驚いた俺が団長を見つめれば 団長は笑った。 「変な顔」 「うるせぇ。元々こういう顔だ」 「うん、知ってる」 「・・・・・」 「阿伏兎」 「なんですかね、団長様」 「殺したいくらい、愛してるよ」 素直に喜べないセリフに溜息をついた。 「だからって何かとつけて首絞めたり、噛みついたりすんのは やめてもらえますかねぇ」 「愛情表現だよ」 「このサディストが」 実際に食すのは俺。 でも精神的に食すのはコイツ。 ただ、思う事は この狂気を孕んだ眼球の味が はたして血の味なのか それとも海の塩味なのか。 「なぁ」 「なんだよ」 「お前さんの眼球は噛み砕いたら血の味がするのか?」 「食べてみる?」 「いんや、まずそうだ」 「阿伏兎が死んだら、食べてあげてもいいよ。  阿伏兎の眼球。そしたら阿伏兎はずっと俺の中にいるよ」 「死んでまでアンタのお守はごめんだ」 「死んでも束縛されたいくせに。ドM」 「誰が」 「お前が」 「日頃下であんあん言ってるやつに言われたくねぇーよ」 「あんあん言ってやってんだよ。なんだったら俺が犯してやってもいいよ」 「おっさん犯す趣味でもあんのか」 「ないよ。でも阿伏兎だったら目瞑って、猿轡させてなら突っ込んでもいいよ」 「誰が突っ込まれたいなんて言った」 桃色に埋もれた中に指を入れて、 留め具を外してく。 服を脱がせば、真白の肌が眩しかった。 「アンタの眼球は塩味だな」 「・・目だけに?」 「違う」 「海の色だから」 「ロマンチックなこと言うんだね、お前も」 「というのは本当は冗談で」 「え」 「生きてる間はアンタは泣きそうにないから  きっとその目玉に涙ばっかり溜めるからな」 そう言って一つ頭を撫ぜれば イジワルと動いた唇が ゆっくりと下腹部へ落ちていった。